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立石正広(創価大)の父母や姉もすごい?出身中学や小学校は?

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創価大学2025年ドラフト候補立石正広選手

早くも“間違いなくドラ1候補”と呼ばれている強打の内野手です。

2年春のリーグ戦では三冠王を獲得していますね。

また立石正広選手両親兄弟有名なアスリートとの噂。

そこで今回は立石正広選手経歴家族について調べてみました。

立石正広のプロフィール

名前:立石 正広(たていし まさひろ)
生年月日:2003年11月1日
出身:山口県防府市
身長:180cm
体重:85kg
投打:右投げ右打ち
ポジション:サード兼ファースト
経歴:防府市立華浦小学校→高川学園中学校→高川学園高等学校→創価大学

立石正広の父母

立石正広選手母親元バレーボール日本代表苗村郁代さん(旧姓)です。

苗村郁代さん兵庫県立氷上高校を卒業後、イトーヨーカドーでプレー。

1992年には大林素子さん、中田久美さんらとともにバルセロナオリンピックに出場していました。



立石正広選手父親については詳しいことはわかっていませんが、野球をされていた時期が少しあるようです。

立石正広選手野球を始めたきっかけについて
「父が少し野球をやっていた影響」
と話されていますね。

立石正広の姉

立石正広選手3人きょうだいで、バレーボールをされているお姉さんが2人います。

そのうち立石正広選手8学年上のお姉さんリガーレ仙台立石沙樹選手です。

立石沙樹さん身長168cmアウトサイドヒッターで、学生時代は誠英高校日体大がプレーされていました。



また立石正広選手6学年上のお姉さんクインシーズ刈谷立石優華選手です。

立石優華選手身長167cmリベロ

お姉さんと同じ誠英高校を卒業後、青山学院大学に進学。

大学2年時インカレでは日本一を達成しています。

立石正広の小中学時代

立石正広選手7歳から華浦スポーツ少年団野球部野球を始めています。

中学からは中高一貫校の高川学園中学校に進学。

中学時代は、高川学園シニアでプレーしていました。

立石正広の高校時代

高校進学後は1年春からベンチ入り

1年秋からサードのレギュラーを獲得すると、秋の山口県大会準優勝中国大会ベスト8に貢献しました。


2年夏はコロナ禍のため甲子園は中止。

代わりに行われた山口県独自大会優勝を果たしています。

2年秋山口県大会3回戦敗退


3年夏山口県大会では17打数7安打8打点打率.412ホームラン1本の大活躍で、優勝を達成しました。

続く甲子園では初戦小松大谷戦でバックスクリーンへのホームランを放ち、7対6で勝利

2回戦神戸国際大附属高校3対4で敗れています。

高校通算10本塁打

立石正広の大学時代

大学では1年春からベンチ入り

1年秋のリーグ戦途中からサード兼ファーストとしてスタメンで出場するようになります。

2年春のリーグ戦では打率.5005本塁打14打点三冠王を獲得しました。

続く全日本大学野球選手権は、チームは初戦で富士大学に敗れましたが、第1打席でいきなりライトスタンドへホームランを放っています。

以後、3年秋のリーグ戦終了時点で、ベストナインを3度首位打者本塁打王打点王2度ずつ受賞。

大学日本代表には3年時に選ばれ、ハーレムベースボールウィークプラハベースボールウィーク優勝を経験しています。

立石正広の進路

立石正広選手の将来の夢はメジャーでプレーすることです。

しかし、大学から直接MLBを目指すのではなくて、
「まずはプロで活躍することが1番」
と、日本のプロ野球で活躍することを目標にされています。

立石正広のスカウト評価

DeNA・河野亮スカウト
「見事です。左(投手)のインサイド、なかなかくるっと回れない。ここ(横浜スタジアム)でホームラン打つしオースティンタイプ。打ち方、スイング軌道も。間違いなくドラフト1位候補。」 

「ここしかないところで打てる。足もあるし、肩もいい。健在です」

立石正広のまとめ

2025年ドラフト1位候補に名前が挙がる立石正広選手

このまま成長を続けて、将来はお母さんのように日本を代表して世界で戦える選手へとなってほしいですね!