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佐々木洋(花巻東野球部監督)のwiki風経歴!結婚した嫁や息子や娘は?学生時代は?

佐々木洋 花巻東 結婚

花巻東野球部佐々木洋監督

チームを甲子園春夏通算11回導いている名将です。

また、菊池雄星投手、大谷翔平投手と二人の現役メジャーリーガーを育てた名指導者としても知られています。

さらに最近では息子・佐々木麟太郎選手の活躍でも注目を集めていますね。

今回はそんな花巻東佐々木洋監督についてまとめてみました。

佐々木洋(ひろし)のプロフィール

名前:佐々木 洋(ささき ひろし)
生年月日:1975年7月27日
出身:岩手県北上市
経歴:岩手県立黒沢尻北高校→国士舘大学

佐々木洋(ひろし)の現役時代

農家の次男として生まれ佐々木洋監督は、幼い頃からプロ野球選手を目指して野球をされていました。

意外かもしれませんが、中学時代佐々木洋監督は地元の江釣子では名の知れた番長だったそうです。

しかし、その悪ガキぶりに目をつけたある先生が、生徒会長に立候補するよう説得しました。

そのことがきっかけで、立ち直った佐々木洋監督将来はその先生のような指導者になろうと志すようになります。

私は中学校時代に悪い生徒のリーダーだったのですが、ある一人の先生に生徒会長に導かれて、私の人生が変わっていったということがあってですね、教員の影響力というか、出会いで人生が変わるんだということを大切に思った時期がありました。その先生から「教員に向いている」ということは中学校の時から言われていてですね。

高校野球ドットコム

高校は地元の進学校である岩手県立黒沢尻北高校進学

高校時代に甲子園出場はなく、
卒業後は東都リーグ2部に属していた国士舘大学で野球を続けます。

佐々木洋監督キャッチャーとして活躍されていましたが、
当時の国士舘大学は2部リーグでは優勝できるものの1部との入れ替え戦ではなかなか勝てないという不遇の時代でした。

佐々木洋(ひろし)の指導者時代

大学の先輩である横浜隼人高校・水谷哲也監督を頼って、教育実習に行っていた縁で、卒業後は同校のコーチに就任します。

佐々木洋監督は、水谷監督を非常に慕っており、自身の結婚式の仲人も水谷監督夫妻にお願いされていました。

また、水谷監督の方も佐々木洋監督を信頼し、息子の水谷公省選手(現・明治大学)を花巻東に送り出しています。


佐々木洋監督2000年に岩手県に帰り、花巻東の教員に就職。

バドミントン部、女子ソフトボール部の顧問を経て、2002年にようやく野球部監督に就任します。

3年後2005年夏には初の甲子園出場を達成。

2009年には菊池雄星投手を擁してセンバツ準優勝夏の選手権大会ベスト4に進出します。

この時の甲子園2回戦では水谷監督率いる横浜隼人高校との師弟対決が実現し、花巻東4対1勝利していました。

その後、2011年2012と大谷翔平投手をエースに甲子園に臨みますが、ともに1回戦敗退

2021年までで、監督として春3回夏8回に出場しています。

佐々木洋(ひろし)の結婚と嫁

佐々木洋監督は岩手県に戻ってきた前後に結婚されています。

佐々木洋監督はプライベートについて多くを語らないタイプの人間ですので、奥さんについて詳しいことはわかっていません。

奥さんについて何か分かりましたら、改めて追記させていただきますね。

佐々木洋(ひろし)の息子

佐々木洋監督には息子が一人ずついます。

長男は、現在、花巻東の1年生の佐々木麟太郎選手です。

佐々木麟太郎選手は高校1年秋の東北大会終了時点で、高校通算47本塁打を記録しており、
早くも将来は花巻東から3人目のメジャーリーガーになるのではないかと期待されています。


佐々木麟太郎選手についてはこちらを→佐々木麟太郎(花巻東)はドラフト注目!父や妹もすごい?出身中学や高校通算ホームラン数は?

また、佐々木麟太郎選手の1歳下のも、金ケ崎シニアで男子に混じって野球をされているそうです。

花巻東には女子野球部もありますから、来年は佐々木麟太郎選手に続いて花巻東に進学してくるのではないでしょうか。

佐々木洋(ひろし)のまとめ

佐々木洋監督これまで甲子園では、準優勝が1回ベスト4が2回ありますが、まだ優勝はありません。

菊池雄星投手、大谷翔平投手がいた時にも成し遂げられなかった日本一を、息子と一緒に達成できたらすてきですね!