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持丸修一(専大松戸監督)の常総学院や藤代/竜ヶ崎一時代は?息子や経歴は?

持丸修一  専大松戸 常総学院

春は初となる甲子園出場を決めた専大松戸高校。

その専大松戸高校を率いているのが、持丸修一監督です。

年齢はなんと72歳!※2021年2月時点

これまで竜ヶ崎一、藤代、常総学院、専大松戸と率いた4校すべてで甲子園出場を果たしている名監督です。

持丸修一のプロフィール

名前:持丸 修一(もちまる しゅういち)
生年月日:1948年4月17日
出身:茨城県笠間市
選手経歴:竜ヶ崎一高校→國學院大學
指導者歴:竜ヶ崎一高校→藤代→常総学院→専大松戸

持丸修一の現役時代

高校時代、持丸修一監督茨城県立竜ヶ崎一高校でプレー。

セカンドレギュラーとして活躍し、3年夏には甲子園出場!

初戦サヨナラで勝利し、2回戦まで進出しました。


高校卒業後は國學院大學進学し、野球を続けます。

持丸修一の指導者時代

大学卒業後、持丸修一監督は母校・竜ヶ崎一高校に戻り、コーチを務めます。

1975年9月27歳監督に就任。

1990年夏監督として初の甲子園出場を達成!

竜ケ崎第一高校では翌年の夏甲子園出場しています。

その後、1996年茨城県立藤代高校へ異動となり、
監督として2001年2003年2度センバツ出場へと導きました。

2003年からは木内幸男前監督の招きを受け、私立の強豪・常総学院監督に就任。

常総学院では2005年センバツ2006年2007年夏3度の甲子園出場を果たしました。


しかし、甲子園では1勝もできず2007年夏大会後、辞任。

当時、部長を務めていた木内前監督からは
「真面目な優等生野球じゃ勝てるわけがない」
「 勝負勘のなさには呆れる」
など、けっこうひどいこと言われていました。

持丸修一監督としては初めての私立ということで何かと勝手が違っていたようで、
「公立高校は、高校野球は教育が目的であって勝つことが目的ではない、と言われたが、常総学院では勝つことが求められる」
雑誌のインタビューで話されています。

常総学院監督退任後は、2007年12月から千葉県にある専大松戸監督就任。


2015年夏原嵩投手(現・ロッテ)を擁して、専大松戸となる甲子園出場を達成しています。

専大松戸甲子園に出場したことで、持丸修一監督竜ヶ崎一、藤代、常総学院、専大松戸と率いた4校すべてで甲子園出場した監督となりました。

4校甲子園出場を果たしたのは長い高校野球の歴史の中でも二人しかいない大記録です。

ちなみにもう一人の監督佐賀商、千葉商、印旛、柏陵4校甲子園に導き、81年にはセンバツ準優勝を果たした蒲原弘幸監督ですね。

蒲原弘幸監督について知りたい人はこちらをどうぞ↓


そして、今回、昨秋の関東大会ベスト4入りを果たし、専大松戸としてはセンバツ出場を決定しています。

持丸修一の息子と孫

持丸修一監督息子・信彰さん、・竜聖さんと、親子孫3代竜ケ崎一高校野球部出身です。

の竜聖さんは昨年(2020年)が高校3年生でした。

茨城県独自大会では、応援に訪れた持丸修一監督の前で、逆転の口火となるヒットを放ち、話題になりました。

持丸修一の教え子

これまで長く監督を務められていた持丸修一監督教え子からは、多くのプロ野球選手が誕生しています。

現役選手だけを挙げてみても

美馬 学(千葉ロッテ)

 2010年 ドラフト東北楽天2位。藤代時代の教え子。

上沢 直之(日本ハム)

2011年 ドラフト日本ハム6位。専大松戸時代の教え子。

原 嵩(千葉ロッテ)

2015年 千葉ロッテドラフト5位。専大松戸時代の教え子。

渡辺 大樹(東京ヤクルト)

2015年東京ヤクルトドラフト6位。専大松戸時代の教え子。

高橋 礼(福岡ソフトバンク)

2017年福岡ソフトバンクドラフト2位。専大松戸時代の教え子。

横山 陸人(千葉ロッテ)

2019年千葉ロッテドラフト4位。専大松戸時代の教え子。

持丸修一のまとめ

久しぶりの甲子園出場を果たした持丸修一監督。

前回、出場した2015年夏甲子園では初戦敗退でした。

その前の常総学院時代甲子園では勝てていません。

今回は藤代高校時代2003年センバツ以来となる白星を挙げてほしいですね!

持丸修一監督について詳しく知りたい人はこちらがお勧めです↓