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岩屋頼のwiki風経歴!出身中学高校やプレースタイルは?3×3のプロ!

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早稲田大学男子バスケットボール部は昨年のインカレ準優勝を果たしています。

その中心にいたのが、主将岩屋頼選手です。

57年ぶりの関東大学リーグ優勝、そしてインカレ準優勝という快進撃。

大学バスケ界に「早稲田旋風」を巻き起こしました。

なぜ早稲田はここまで勝てたのか。

その答えを辿っていくと、岩屋頼選手の存在に行き着きます。

今回は、岩屋頼選手の歩みと人となりを、バスケファン目線でじっくり掘り下げていきます。

ぜひ最後までお付き合いください。

岩屋頼のプロフィール

名前:岩屋 頼(いわや より)
生年月日:2003年4月20日
出身:大阪府茨木市
身長:183cm
体重:79kg
ポジション:ポイントガード
経歴:京都精華学園中学校→洛南高等学校→早稲田大学

岩屋頼の小学中学時代

岩屋頼選手大阪府出身

バスケットボールを始めたのは、小学校1年生の頃す。

幼い頃からバスケが生活の中心。

家では常に試合映像が流れていたといいます。

中学は京都精華学園中学校進学

中学3年時全国中学校バスケットボール大会では3位入賞を果たし、個人でも優秀選手に選ばれました。

この頃から、冷静な判断力とゲームメーク力は際立っていました。

派手さよりも、勝つための選択ができる選手。

岩屋頼選手の原型は、すでに中学時代に形作られていたのです。

岩屋頼の高校時代

高校は名門・洛南高校へ。

全国常連校での3年間は、決して楽な道ではありませんでした。

それでも岩屋頼選手は、着実に経験を積み重ね、3年時は主将を務ています。

インターハイではベスト16ウインターカップでは2回戦進出に貢献。

また高校時代に
「考えるバスケ」
を徹底的に叩き込まれたことが、後の大学バスケ、さらには3×3での順応力につながっていきます。

岩屋頼の大学時代

高校卒業後は、学業と競技を両立できる環境を求め、早稲田大学に進学。

大学では1年生から公式戦に出場しますが、2年時には関東2部降格という厳しい現実を経験します。

「絶望感があった」

岩屋頼選手は、当時をそう振り返っています。

それでも入れ替え戦を勝ち抜き、1年で1部復帰

そして最終学年となる4年時には、主将としてチームを牽引します。

関東大学リーグでは57年ぶりの優勝!

さらにインカレでは決勝まで勝ち進み、準優勝という結果を残しました。

決勝では白鷗大学に敗れたものの、
準決勝までの3試合で18点、22点、18点と得点源として大活躍!

間違いなく、準優勝の立役者でした。

岩屋頼は3×3のプロ

岩屋頼選手は、大学在学中から新たな挑戦を始めています。

それが3×3バスケットボールです。

大学3年時に3×3へ本格参戦。

U23日本代表に選出され、プロチームSHINAGAWA CITY.EXEにも所属しました。

この経験が、プレーヤーとしての岩屋頼選手を一段引き上げています。

岩屋頼のプレースタイル

岩屋頼選手の最大の特長は、自ら得点を取れるガードだということです。

もちろん、得点も取れるだけではなく、アシストも配れる。

必要とされる役割を、確実にこなし、ベンチスタートでも流れを読み、試合を落ち着かせることができます。

主将として、背中で語るタイプです。

本人は決して派手な自己主張をしません。

それでも、気づけばコートの中心にいる。

そんな選手です。

「長くバスケットを続けたい」

その言葉通り、地に足のついた姿勢も高く評価されています。

岩屋頼のまとめ

インカレ準優勝

57年ぶりの関東制覇

その中心にいたのが、岩屋頼選手でした。

降格の絶望も、歓喜の優勝も、すべてを経験した4年間。

だからこそ、岩屋頼選手の言葉とプレーには重みがあります。

大学バスケの主将から、プロの世界へ。

岩屋頼選手の挑戦は、まだ始まったばかりです。

これからどんな舞台で、どんな成長を見せてくれるのか。

今後も目が離せませんね!