ミラノ・コルティナオリンピックで金メダル候補として注目されているのが、スノーボード日本代表の長谷川帝勝選手です。
10代の頃から世界大会を制し、Xゲームズや世界選手権でも頂点に立ったその実力は本物。
しかも、世界初となる超高難度トリックを次々と成功させています。
「この若さで、なぜここまで強いのか?」
そう感じた方も多いのではないでしょうか。
この記事では、
長谷川帝勝選手の歩みを家族の存在にも触れながら、小学生時代から現在まで丁寧に振り返っていきます。
読み終えた頃には、彼を応援したくなるはずです。
長谷川帝勝のプロフィール
名前:長谷川 帝勝(はせがわ たいが)
生年月日:2005年10月23日
出身:愛知県岩倉市
身長:159cm
体重:55kg
経歴:愛知県岩倉市立岩倉南小学校→岩倉市立岩倉中学校→クラーク記念国際高等学校
長谷川帝勝の小学中学時代
長谷川帝勝選手は、2005年10月23日生まれ。
愛知県岩倉市の出身です。
スノーボードを始めたのは、わずか4歳の頃。
きっかけは、両親の趣味でした。
家族で雪山に出かけるうちに、自然とボードに触れるようになったそうです。
小学校ではサッカーにも打ち込み、
決して最初からスノーボード一本ではありませんでした。
それでも、雪の上に立つ時間が増えるほど、長谷川帝勝選手は競技の魅力にのめり込んでいきます。
小学3年生で大会に初出場。
小学5年生の頃には草大会にも積極的に参加しました。
そして中学3年生。
世界ジュニア選手権ビッグエアで優勝という快挙を達成します。
この時、まだ14歳。
世界のトップが注目し始めた瞬間でした。
長谷川帝勝の高校時代
高校は、通信制のクラーク記念国際高等学校へ進学。
通信制を選んだ理由は明確でした。
「競技に集中できる環境を整えたかった」
その思いがあったからです。
高校時代の長谷川帝勝選手は、まさに飛躍の連続でした。
2023年、世界選手権ビッグエアで金メダルを獲得。
これは、日本人男子として史上初の快挙です。
さらに、
ワールドカップでも優勝を重ね、一気に世界の主役へと躍り出ました。
高校生でここまで結果を出す選手は、世界的にも珍しい存在です。
長谷川帝勝のプロ時代
高校卒業後は、大学には進学せず、プロスノーボーダーとしての道を選択しました。
理由は
「世界で勝つため」
とシンプルです。
遠征、トレーニング、調整。
すべてを競技に捧げる覚悟がありました。
この決断が、現在の安定した強さにつながっています。
プロ転向後の活躍は、まさに圧巻です。
・2024年 X Games ビッグエア 優勝
・ワールドカップ ビッグエア 種目別年間優勝
・世界選手権 ビッグエア 金・銀メダル
さらに、世界初成功となる「4方向1980(5回転半)」を達成。
これは、世界で唯一の偉業です。
2026年ミラノ・コルティナ五輪では、日本代表のエースとして期待されています。
長谷川帝勝選手についてもっと知って、#オリンピック を楽しもう🏂
— オリンピック (@gorin) February 2, 2026
スノーボード男子ビッグエアの予選は2月5日に行われる予定です🤩#スノーボード #ミラノ・コルティナ2026 pic.twitter.com/dV9aM7RPaY
長谷川帝勝の家族
長谷川帝勝選手を語る上で欠かせないのが、家族の存在です。
家族構成は、父・母・兄の4人家族。
父親の長谷川俊介さんは、
スノーボード好きで、帝勝選手の競技人生の原点とも言える存在です。
幼少期から雪山に連れて行き、現在もコーチ的立場でサポート。
技術面だけでなく、メンタル面でも支え続けています。
母親は表に出ることは少ないものの、遠征や生活面を陰で支える存在。
トップ選手に欠かせない安定した土台を作っています。
兄についての詳細は多く語られていませんが、
身近な家族の存在が、長谷川帝勝選手の落ち着いた人柄を育んだことは間違いありません。
家族全員で、一人のオリンピアンを育て上げたと言えるでしょう。
長谷川帝勝のプレースタイル
長谷川帝勝選手の最大の武器は、高難度トリックの完成度です。
ただ回るだけではありません。
着地まで美しい。
ミスが少ない。
だからこそ、大舞台でも点数が伸びます。
また、
「淡々と自分のやるべきことをやる」
この冷静さも評価されています。
派手な技の裏に、徹底した努力と自己管理がある選手です。
長谷川帝勝のまとめ
長谷川帝勝選手は、家族の支えのもと、幼少期から才能を磨いてきました。
世界を驚かせる技術。
大舞台での強さ。
そして、ブレない人間性。
すべてが揃った選手です。
ミラノ・コルティナオリンピックで、日本スノーボード界に新たな歴史を刻む存在。
これからも、長谷川帝勝選手の挑戦から目が離せません!
