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小菅勲監督(土浦日大)のwiki風経歴!取手二時代や指導方法は?

土浦日大高校野球部小菅勲監督。                                                                                                                                                         

現役時代には取手二高校甲子園優勝を経験している監督さんです。

指導者としては、母校の取手第二高校土浦日大高校2校甲子園出場を果たしています。

小菅勲のプロフィール

名前:小菅 勲(こすげ いさお)
生年月日:1966年度生まれ
出身:茨城県常総市
経歴:茨城県立取手第二高校→法政大学

小菅勲の現役時代

小菅勲監督茨城県立取手第二高校出身です。

高校時代はサードとしてプレー。

高校野球史に残る名監督だった故・木内幸男さんのもと1984年夏甲子園では日本一を果たしています。


高校卒業後は法政大学進学し、野球を続けていました。

小菅勲の指導者時代

大学卒業後は、
「本気の野球は、もういい」
と野球から離れ、町役場に勤めていました。

しかし、やはり野球への想いは断ちがたくかったようで、野球指導者になることを志し、退職

「本気の野球は、もういい」と野球から離れて町役場に勤めていたが、役場のソフトボール大会で、勝利の味を思い出した。

「木内野球継承」の下妻二・小菅監督、常総破り甲子園へ

木内幸男さんが監督を務めていた常総学院コーチをしながら、教員免許を取得しています。

1993年から1999年にかけては茨城県立伊奈高校監督を務めた後、
2000年母校・茨城県立取手第二高校監督に就任しました。

2004年夏監督として甲子園初出場!

さらに2009年春にはセンバツ出場を果たしています。

そして、2016年からは土浦日大高校監督に就任。

小菅勲監督はそれまで土浦日大高校とは縁のなかった外様監督ということで、最初の頃はかなり苦労されたようです。

今年1月、OB会の50周年記念(の会合)に行ったときは60~70代の方々の刺すような目線がとっても怖かったです(笑い)。久しぶりに怖さを覚えました。中には『おまえ、いい度胸してんな。ヨソモンがうちに来て』という言い方をされる方もいて、さすがにこたえました。(出身が)取手二で、かつては決勝戦を戦うライバル関係だったので、敵地に乗り込んできたという感じ。

31年ぶり甲子園 土浦日大・小菅監督“外様”の苦労明かす

それでも、翌2017年には31年ぶりとなる夏の甲子園出場に導きました。

その後も、2018年夏2023年夏にも甲子園出場を果たしています。

小菅勲の指導方針

小菅勲監督“木内マジック”と呼ばれる大胆な采配を振るっていた木内幸男さんの薫陶を受けており、自身の采配にもその影響が見られます。

「いずれ木内野球を継承するのは私だと思っています」
と話されていますね。

ただ、小菅勲監督に言わせると、木内幸男さんの采配は“木内マジック”ではなく、理論に裏付けてされた“木内ロジック”だそうです。

木内さんの代名詞といえば「木内マジック」だが、小菅監督はその正体について「あれはマジックではありません。『木内ロジック』です」と持論を展開した。

【高校野球】土浦日大・小菅勲監督が恩師・木内幸男さんの神采配に持論「あれはマジックではありません」

小菅勲のまとめ

「木内野球の継承」を目標とする小菅勲監督

そのためにも、そろそろ恩師・木内幸男さんに続いての日本一を達成したいところですね!


日本一も狙える今年の土浦日大野球部についてはこちらを→土浦日大野球部メンバー2023!鼻ストローとは?チアがかわいい?

木内幸男さんから常総学院の監督を受け継いだ持丸修一監督(現・専大松戸)についてはこちらを→持丸修一(専大松戸監督)の常総学院や藤代/竜ヶ崎一時代は?息子や経歴は?