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北條慎治(花巻東)はドラフト注目!父母や出身中学は?球速球種は?

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花巻東高校ドラフト候補北條慎治投手

最速145km/hストレートを投げるプロ注目の大型ピッチャーです。

花巻東高校OBの大谷翔平選手に憧れる二刀流選手でもあり、
3年夏岩手県大会では投打で活躍し、優勝に貢献しています。

北條慎治のプロフィール

名前:北條 慎治(ほうじょう しんじ)
生年月日:2005年4月30日
出身:岩手県大船渡市
身長:185cm
体重:82kg
投打:右投げ右打ち
ポジション:ピッチャー兼レフト
家族:母、姉、妹
経歴:大船渡市立立根小学校→大船渡市立第一中学校→花巻東高校

北條慎治の小中学時代

北條慎治投手小学2年生から立根野球スポーツ少年団野球を始めました。

中学時代大船渡市立第一中学校軟式野球部に所属。

大船渡市立第一中学校軟式野球部同期には、仁田陽翔投手(現・仙台育英)や佐々木怜希投手(現・大船渡)らがいました。

佐々木怜希投手についてはこちらを→佐々木怜希(大船渡)はドラフト注目!父母や兄弟は?出身中学や進路は?

当時のエースは仁田投手で、北條慎治投手がピッチャーやることはほとんどなかったと言います。

「格好いいからどうしてもピッチャーをやりたかった」。中学時代は仙台育英(宮城)の左腕・仁田陽翔(3年)がチームのエースで「仁田がいたので自分がピッチャーをやることなんてほとんどなかった」と振り返る。

【スポニチスカウト部(22)】花巻東・北條慎治「150キロ出す」未完の大器

それでも、中学2年秋には4番・ファーストとして活躍し、県大会優勝を達成!

また、中学3年時には選抜チームのオール気仙でもプレーしていました。

北條慎治の高校時代

北條慎治投手花巻東高校進学後に本格的にピッチャーに挑戦。

高校では1年秋から控え投手としてベンチ入りすると、
秋の公式戦では5試合に登板し、岩手県大会優勝東北大会優勝明治神宮大会ベスト4を経験しました。


翌2年春センバツでは背番号17を付けベンチ入りしましたが、登板機会はなく、チームは初戦で敗れています。

2年夏岩手県大会ベスト4

2年秋の新チームからは背番号1を与えられますが、県大会直前に第一肋骨を骨折し、登板は出来ませんでした。

チームは岩手県大会優勝東北大会では初戦敗退

3年夏岩手県大会では
投手としては2試合に登板し、合計6回を投げ、被安打2奪三振4与四死球2失点1
打者としては19打数6安打8打点1本塁打の成績で、
4年ぶり11回目となる優勝を達成しました。


花巻東高校同期のチームメイトには、佐々木麟太郎選手、主将の千葉柚樹選手らがいます。

千葉柚樹選手についてはこちらを→千葉柚樹(花巻東)は主将でドラフト候補!出身中学や進路は?

北條慎治のプレースタイル

北條慎治投手は将来性を高く評価さている本格派のピッチャーです。

高校入学当初は124km/hだったストレートも今では145km/hを記録するまでになっています。

変化球カーブスライダーフォークチェンジアップ

バッティングも得意で、投げない時もレフトで出場し、クリーンナップを任されています。

遠投100メートル。

50メートル走6秒4。

北條慎治の進路

北條慎治投手高卒でのプロ入りを目指しています。

「プロ3年目ぐらいから10勝以上できる投手になりたい」
と話されていますね。

北條慎治の父母

北條慎治投手・貴行さんは病気のため北條慎治投手中学2年生の時に41歳の若さで亡くなられています。

その後は・みゆきさんに女手一つで育てられてきました。

きょうだいだけで、家族で唯一の男手となった北條慎治投手には、
「家族は俺が守る」
との想いが強いようです。

北條慎治投手高卒でのプロ入りにこだわるのは家族のことがあるからかもしれませんね。

「家族は俺が守る」。北條が中2だった時、父・貴行さんが病気のため41歳で死去した。
父が亡くなり家族は母と大学生の姉、小学生の妹と4人になった。家族を支える父の姿に憧れていたからこそ「男は自分1人なので家族は自分が守るつもり」と、18歳になっても強い覚悟は変わらない。

花巻東・北條 亡き父に勝利届ける!家族もマウンドも「自分が守る」

北條慎治のまとめ

グラブには「両親に恩返し」と刺繍をしているほど家族想い北條慎治投手

甲子園で活躍して、高卒でのプロ入りを果たしてほしいですね!