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荻原大翔のwiki風経歴!出身中学高校や父は?2340(6回転半)を成功!

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スノーボード界で、今もっとも名前を聞く日本人選手。

それが荻原大翔選手です。

2025年ウィンターXゲームズ・アスペン大会

初出場ながら金メダルを獲得し、しかも世界初となる2340(6回転半)を成功させました。

この衝撃的なニュースで、一気に世界の注目を集めました。

そして2026年ミラノ・コルティナオリンピック日本代表にも内定

「一体どんな環境で育ったの?」

「なぜあんな大技に挑めるの?」

気になった方も多いはずです。

今回は、荻原大翔選手の歩みを、幼少期から現在までじっくり振り返ります。

荻原大翔のプロフィール

名前:荻原 大翔(おぎわら ひろと)
生年月日:2005年7月19日
出身:茨城県牛久市
身長:160cm
経歴:牛久市立向台小学校→牛久市立牛久南中学校→日本体育大学柏高等学校→仙台大学

荻原大翔の小学中学時代

荻原大翔選手は、2005年7月19日生まれ

茨城県牛久市の出身です。

雪国ではない地域で育ちながら、スノーボードを始めたのは、なんと3歳の頃でした。

きっかけは、両親の影響です。

父親母親スノーボード経験者という環境で、幼い頃から週末はスキー場へ通う生活を送っていました。

小学生になる頃には、すでに周囲を驚かせる存在に。

9歳バックサイド1080(3回転)を成功させ、話題になります。

中学時代に入ると、成長はさらに加速。

2017年、12歳プロ資格を獲得しました。

同年代が部活動に励む中、すでに「プロ」として世界を見据えていたのです。

荻原大翔の高校時代

高校は、日本体育大学柏高校進学

全国的にも有名なスポーツ強豪校ですね。

この頃から、国内トップクラスの大会で結果を残し始めます。

2021年には、全日本スキー選手権大会ビッグエア優勝!

翌2022年優勝し、連覇を達成しました。

さらに同年、WORLD ROOKIE FINALS(スロープスタイル)優勝

世界のジュニアトップを相手に、堂々の勝利でした。

「日本にすごい若手がいる」

そんな声が、海外でも聞かれるようになります。

荻原大翔の大学時代

高校卒業後は、競技と学業を両立できる環境を求めて仙台大学進学

大学に入ってからも勢いは止まりません。

2023年には、FISワールドカップ(ビッグエア)初優勝

そして2025年

Xゲームズ・アスペンで、歴史が動きます。

公式練習中に前腕骨折するアクシデント。

それでも出場を決断し、世界初の2340(6回転半)を成功させ、金メダルを獲得しました。

この一戦で、荻原大翔選手の名は完全に世界へ。

まさに伝説の誕生でした。

荻原大翔の父

荻原大翔選手を語るうえで、欠かせない存在が荻原崇之さんです。

崇之さんは、17歳からスノーボードを始めた愛好家。

アマチュアながら、本格的に競技に取り組んできました。

大翔選手3歳の頃から、毎週末、茨城県牛久市から福島県のスキー場へ通い続けたそうです。

高速道路は使わず、節約しながらの送迎。

時間もお金も、すべて息子のためでした。

高校進学後は、宮城県の練習施設まで片道6時間の送迎を続けたことも。

崇之さんは、こんな言葉を残しています。

「親は全力でサポートする。それが当然」

荻原大翔選手自身も、
「父はスノーボードをする上で欠かせない存在」
と語っています。

世界初の2340成功の裏側には、父と子の長年の信頼関係がありました。

荻原大翔のプレースタイル

荻原大翔選手の最大の武器は、圧倒的な回転スピード空中感覚です。

小柄な体格ながら、ジャンプの高さ安定感は世界トップクラス。

しかも、大技を決める勝負強さがあります。

骨折を抱えながらも2340に挑むメンタル。

ここが、他の選手と一線を画すポイントでしょう。

普段は真面目で努力家。

しかし本番では、一切迷わず攻める。

そのギャップも、多くのファンを惹きつけています。

荻原大翔のまとめ

荻原大翔選手は、幼少期から家族に支えられ、世界へ羽ばたいたスノーボーダーです。

小学・中学時代に才能を開花させ、
高校・大学で結果を積み重ね、
世界初2340という偉業を成し遂げました。

その背景には、父・荻原崇之さんの献身的なサポートがあります。

そして迎えるミラノ・コルティナオリンピック

世界の舞台で、再び歴史を塗り替える瞬間が見られるかもしれませんね!