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島影隆啓(別海)のwiki風経歴!武修館の解任理由は?出身高校大学は?

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21世紀枠での甲子園出場を決めた別海高校野球部島影隆啓監督

島影隆啓監督本業コンビニの副店長というちょっと珍しい肩書を持つ監督さんです。

毎朝3時に起き、ハードな業務こなしながら、野球部の監督を務められています。

今回はそんな島影隆啓監督経歴家族などについて調べてみました。

島影隆啓のプロフィール

名前:島影 隆啓(しまかげ たかひろ)
生年月日:1982年5月2日
出身:北海道別海町中春別
身長:177~178cm
体重:100kg超
経歴:釧路緑ケ岡高校(現・武修館高校)→札幌大学

島影隆啓の現役時代

島影隆啓監督の現役時代のポジションは内野手です。

高校時代は釧路緑ケ岡高校(現・武修館高校)でプレーしていましたが、甲子園出場経験はありません。

高校卒業後は札幌大学進学

札幌大学では準硬式野球部に所属していました。

島影隆啓の指導者時代

大学卒業後、島影隆啓監督は一度は就職しましたが、高校時代の恩師の誘いを受け、24歳の時に母校・武修館高校のコーチに就任。

その後、監督に昇格すると、2010年夏北北海道大会では準優勝を果たしています。

また2008年2010年には21世紀枠の候補校にも選ばれていました。

甲子園まであと少しのところまで来ていた島影隆啓監督でしたが、2013年の夏に突如、解任を告げられます。

解任理由について学校側からは
「君は人気がなく、選手が集まらないから」
と言われたそうです。

父母会は4000を超える嘆願書を集めて続投を訴えましたが、翌年3月に解任の時期が延びただけで、結局は学校を辞めることとなりました。


ちなみに島影隆啓監督が辞めた2014年の夏に、武修館高校の教え子たちは北北海道大会を制し、甲子園に出場しています。

島影隆啓監督としては複雑な心境だったかもしれませんね。



武修館高校
を辞めた後は地元の別海町に戻り、2年間、少年野球チーム・中春別ジュニアホークスコーチを務めていました。

町役場からの依頼を受け、2016年別海高校野球部監督に就任。

就任当初、野球部員はわずか4人だけ。

また練習する環境が整っていなかったため、練習環境の整備からスタートでした。

それでも島影隆啓監督は辛抱強く、野球部の指導にあたり、2023年秋には北海道大会ベスト4入り!

21世紀枠で春夏通じて初の甲子園出場を達成しました。

島影隆啓の実家のコンビニ

島影隆啓監督実家のコンビニチェーン「セイコーマート しまかげ中春別店副店長を務めています。

実家コンビニは30年ちかく続いており、島影隆啓監督3代目です。

毎朝3時に起き、総菜コーナーの準備など業務をこなしながら、野球部の監督と両立されています。

島影隆啓の家族

島影隆啓監督はすでに結婚されています。

奥さんについては詳しいことはわかっていませんが、実家コンビニ家族経営ということなので、もしかしたらコンビニを手伝われているのかもしれませんね。

またお子さんは3人いて、時には娘さんが歌ってくれた『勇気100%』が気分転換になったこともあるそうです。

今の島影隆啓監督別海野球部があるのは、家族の支えがあってこそかもしれませんね。

今でも鮮明に覚えている。中標津高にダブルヘッダーの2試合とも大敗を喫し、肩を落として帰宅した日だった。「娘が駆け寄ってきて、急に『勇気100%』を歌い始めた。それを聴いた瞬間に楽になった」と心は晴れた。

【センバツ】別海が21世紀枠に選出 島影隆啓監督の8年物語 史上最東端の甲子園出場校

島影隆啓のまとめ

苦しい時期を乗り越え、ついに甲子園出場を果たした島影隆啓監督

甲子園では地元・別海町に元気を与えるようなは野球を見せてほしいですね!

別海高校野球部についてはこちらを→別海高校野球部の2024メンバー!出身中学や監督は?21世紀枠!