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吉永一貴のwiki風経歴!母や叔母もすごい!出身小学校や中学校は?

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ミラノ・コルティナオリンピック

日本代表として3度目の五輪に挑むのが、ショートトラックの吉永一貴選手です。

18歳で平昌五輪に出場した“スーパー高校生”は、今や日本男子の中心選手へと成長しました。

過去2大会では悔しさを味わいましたが、26歳となった今、円熟味を増した滑りに期待が集まっています。

さらに注目したいのが、その家系です。

元世界女王、叔母世界選手権女王という、まさにショートトラック界のサラブレッド。

この記事では、吉永一貴選手の歩みとともに、叔母の存在にも迫っていきます。

ぜひ最後まで読んでみてください。

吉永一貴のプロフィール

名前:吉永 一貴(よしなが かずき)
生年月日:1999年7月31日
出身:愛知県尾張旭市
身長:174cm
経歴:尾張旭市立白鳳小学校→名古屋経済大学市邨中学校→名古屋経済大学市邨高等学校→中京大学→トヨタ自動車

吉永一貴の小学中学時代

吉永一貴選手がスケートと出会ったのは小学2年生のときです。

愛知県で行われたショートトラックの大会を、と観戦したのがきっかけでした。

「やってみたい」

帰り道で口にした一言が、すべての始まりだったそうです。

実は幼少期の吉永一貴選手は、運動神経が特別良かったわけではありません。

むしろ運動は得意ではなく、も最初は迷っていました。

それでも本人の強い意志を尊重し、約束を一つだけ交わします。

「やるなら中途半端はダメ」

この言葉は、その後の競技人生を貫く信条になります。

小学生ながら放課後はリンクへ直行。

中学時代には全日本選手権で総合3位に入るなど、全国トップレベルへと成長しました。

吉永一貴の高校時代

高校は名古屋経済大学市邨(いちむら)高校に進学します。

この頃には、すでに日本ショートトラック界のホープと呼ばれていました。

高校1年時には全日本選手権優勝!

一気に注目度が跳ね上がります。


そして高校3年生18歳平昌オリンピック日本代表に内定。

ショートトラック男子では、日本史上最年少での五輪出場でした。

しかし、本番では結果を残せず、悔し涙を流します。

この経験が、後の成長に大きく影響しました。

吉永一貴の大学時代

平昌五輪後、吉永一貴選手中京大学へ進学します。

競技と学業の両立という新たな課題に向き合いました。

この時期、病気やケガにも悩まされます。

思うように結果が出ないシーズンもありました。

それでも地道なトレーニングを重ね、肉体改造にも着手。

筋肉量を約6キロ増やし、フィジカル面を強化しました。

2018年ワールドカップ・カナダ大会では1500m優勝!

世界の舞台でも戦える力を証明します。

吉永一貴の社会人時代

大学卒業後はトヨタ自動車に所属。

社会人アスリートとして本格的なキャリアを歩み始めます。

北京オリンピックにも出場しましたが、
男子1000mで17位、
1500mで16位、
5000mリレーでは8位、
混合団体リレーでは10位
という結果で、ここでもメダルには届きませんでした。

それでも経験値は確実に積み上がっていきます。

「気持ちの部分が強くなった」

本人がそう語るように、精神面での成長が大きな収穫でした。

そして迎えるミラノ・コルティナ五輪。

26歳、競技者として脂がのった年齢です。

吉永一貴の母と叔母

吉永一貴選手を語るうえで欠かせないのが、家族の存在です。

母・吉永美佳さんは、全日本女王元トップスケーター

全日本選手権では3連覇を経験している日本女子ショートトラック界のレジェンドです。

叔母吉永美善さんも、世界選手権女王に輝いた実力者。

まさに世界レベルの血筋と言えるでしょう。

ただし、英才教育を押し付けたわけではありません。

「やるなら本気で」という姿勢を、徹底して教えただけでした。

象徴的なのが、中学時代の大ケガのエピソードです。

転倒に巻き込まれ、頬を10針以上縫う重傷を負いました。

そのときはこう言います。

「顔でよかった。足じゃなくて。顔なら、練習を休まなくて済む」

競技者としての厳しさと、深い愛情が詰まった一言でした。

吉永一貴のプレースタイル

吉永一貴選手の武器は、レース終盤の加速力です。

得意の1500mでは、冷静な位置取りから一気に仕掛ける展開が持ち味です。

また、国際大会で培った経験値も大きな強み。

プレッシャーのかかる場面でも、落ち着いた滑りを見せます。

私生活では映画好きで、ドライブが趣味。

リンクを離れると、穏やかな一面も魅力です。

吉永一貴のまとめ

吉永一貴選手は、天才ではなく努力の人です。

元トップスケーターの叔母を持ちながら、自らの意思で道を切り開いてきました。

平昌、北京での悔しさを糧に、3度目の五輪へ。

ミラノ・コルティナでは、これまでとは違う姿を見せてくれるはずです。

円熟期を迎えた吉永一貴選手の滑り。

その瞬間を、ぜひ一緒に見届けましょう。