陸上

ウォルシュジュリアン(陸上400)はハーフなの?父姉がすごい!学生時代や五輪出場は?

ウォルシュジュリアン 陸上 400 富士通

富士通の所属のウォルシュ・ジュリアン選手。

400メートルを専門とする陸上選手です。

近年、日本の陸上界ではケンブリッジ飛鳥選手やサニブラウン・ハキーム選手などハーフの選手が活躍していますね。

ウォルシュ・ジュリアン選手ジャマイカ人の父日本人の母を持つハーフのアスリートです。

東京オリンピックではメダル獲得も期待されているということで、
今回はウォルシュ・ジュリアン選手家族学生時代について調べてみました。

ウォルシュジュリアンのプロフィール

名前:ウォルシュ・ジュリアン
生年月日:1996年9月18日
出身:ジャマイカ・キングストン
身長:175cm
体重:75kg
経歴:東村山市立第三中学校→東野高等学校→東洋大学→富士通

ウォルシュジュリアンの父

ウォルシュ・ジュリアン選手の父・エマニュエル・ウォルシュさんはレゲエ・ミュージシャンです。

1990年頃に来日して、”竹下通り”という曲をリリースして、オリコン20位にランクインした他、CMソングテレビ出演など幅広く音楽活動されていました。

こちらがお父さんの作品ですね↓



おそらく、ウォルシュジュリアンの母・こずえさんとは、その頃出会って、愛を育まれた結のでしょうね。

ウォルシュジュリアンの姉

また、ウォルシュ・ジュリアン選手の姉・ティファニー・キャデラックさんはモデルをされています。

 
 
 
 
 
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その他にも海外で歌手活動もされているようです。

この辺りはお父さん譲りですね。

ちなみにウォルシュ・ジュリアン選手モデルの経験があります。


ウォルシュ・ジュリアン モデル

ウォルシュジュリアンの小中学生時代

ウォルシュ・ジュリアン選手ジャマイカのキングストンで生まれ、3歳から日本に移住しています。

小学6年生の時に北京オリンピックの男子100メートルでウサイン・ボルト選手が世界新記録で金メダルを獲得する姿を見たことがきっかけで、
中学からは陸上部に入る!と決めていたました。

しかし、なんと入学した中学には陸上部員が2人しかいなくて、入学式当日に廃部になってしまったそうです。

そこで、ウォルシュ・ジュリアン選手は、中学ではバスケットボール部に所属して過ごしました。

ウォルシュジュリアンの高校時代

中学卒業後は、陸上部があることを確認して埼玉県の東野高校へ進学。

しかし、当時の東野高校には陸上の経験のある指導者がおらず、また、校庭が狭いために練習は近くの芝生や坂道を使って行われていました。

そのため1年時は100mに取り組んでいたウォルシュ・ジュリアン選手でしたが、あまり熱心ではなく、練習は休みがちだったと言います。

ウォルシュ・ジュリアン選手が本気で陸上をやるようになったのは、高校2年生になり、国体出場の実績もある武井智巳コーチが赴任してからです。

武井智巳コーチの薦めで、400mに取り組むと、
2年生の7月には県西部地区国民体育大会予選で400mに初出場して優勝!

さらに10月には関東選抜新人400mに出場して、48秒74の好記録で優勝を果たしています。

3年生の7月には早くも日本代表に選出!

世界ジュニア選手権の4×400mリレーに出場して、銀メダルを獲得しました。

ウォルシュ・ジュリアン選手全国大会に出場するよりも早く、世界大会を経験した珍しい経歴を持つ選手なんです。

それだけ、ウォルシュ・ジュリアン選手の成長のスピードが早いということでしょうね。

世界ジュニア選手権の3日後に行われたインターハイでは予選1着でゴールするもレーン侵害があったとして失格。

生まれて初めての全国大会は決勝に進めず、終わっています。

ウォルシュジュリアンの大学時代

高校卒業後は東洋大学に進学。

東洋大学に進学した理由の一つには1学年上の桐生祥秀選手の存在があったそうです。

大学に入ってからもウォルシュ・ジュリアン選手の快進撃は止まらず、
2年生6月には日本選手権に出場すると、日本歴代7位の記録となる45秒35をマークし、優勝!

リオデジャネイロオリンピックの参加標準記録も突破してオリンピックの日本代表に内定しました。

ウォルシュジュリアンのまとめ

リオデジャネイロオリンピックでは前日に足首を捻挫した影響で、予選敗退でした。

それでも、まだ若く伸び盛りのウォルシュ・ジュリアン選手です。

東京で行われるオリンピックでは前回以上の成績を残してくれることは間違いありません!

今後の活躍がとても楽しみですね!