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宮下朝陽のwiki風経歴!兄弟もすごい!出身中学や小学校は?

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東洋大学ドラフト候補宮下朝陽選手。

北海道出身大型内野手です。

大学では2年時日本代表入りを経験しています。

さらに宮下朝陽選手兄弟プロ注目選手とのこと。

そこで今回は宮下朝陽選手経歴兄弟について調べてみました。

宮下朝陽のプロフィール

名前:宮下 朝陽(みやした あさひ)
生年月日:2004年1月26日
出身:北海道黒松内町
身長:182cm
体重:88kg
投打:右投げ右打ち
ポジション:ショート兼セカンド兼サード兼ファースト
経歴:黒松内町立黒松内小学校→黒松内町立黒松内中学校→北海高等学校→東洋大学

宮下朝陽の弟・宮下温人

宮下朝陽選手3人きょうだいの長男で、お姉さんがいます。

そのうち3学年下の弟は、同じ東洋大学野球部に所属している宮下温人(はると)選手です。

宮下温人選手左投げ左打ちの外野手

北海高校時代には1年春から4番を経験し、2年夏3年春にはライトのレギュラーとして甲子園に出場しています。

将来は兄弟でプロ野球選手というのも十分にあり得ると思いますね!

宮下朝陽の小中学時代

宮下朝陽選手は北海道の黒松内町(くろまつないちょう)の出身です。

黒松内町立黒松内小学校黒松内町立黒松内中学校に通っていました。

黒松内町は酪農の盛んな町で、特にチーズ名産品ですね。


 

宮下朝陽選手小学2年生から黒松内スターズ軟式野球を始めています。

小学6年時にはセレクションを勝ち抜き、北海道日本ハムファイターズジュニア入りを果たしました。

中学時代余市リトルシニアに所属。

3年連続で全国大会に出場し、3年時には中学硬式野球の日本一を決めるジャイアンツカップにも出場し。

宮下朝陽の高校時代

中学卒業後は北海高校に進学し、1年夏からベンチ入り

背番号15ながら主に4番・サードで出場し、ベスト8入りに貢献しました。

1年秋からはショートのレギュラーとしてプレー。

2年時には新型コロナ禍により、大会中止を経験。

2年秋から主将に就任すると、秋の北海道大会では優勝を達成しました。

翌3年春センバツでは開幕戦で、神戸国際大附属高校と対戦。

4番・ショートで出場した宮下朝陽選手ヒットを1本放ちましたが(5打数1安打)、試合は延長10回2対3サヨナラで敗れています。

甲子園には3年夏にも出場し、再び初戦神戸国際大附属高校と対戦。

宮下朝陽選手ヒットを2本放ったものの(4打数2安打)、試合は1対2で敗れ、リベンジはなりませんでした。

高校通算14本塁打。


北海高校の同期には木村大成投手(現・ソフトバンク)大津綾也選手(現・巨人)、大卒でのプロ入り狙っている工藤泰己投手(現・北海道学園大)らがいました。

宮下朝陽の大学時代

東洋大学進学後1年春からベンチ入り

開幕3戦目から主に6番・セカンドでスタメンを務め、新人賞ベストナインを受賞しています。

専修大学との2回戦ではサイクルヒットも記録していましたね。

2年夏には2年生では唯一、大学日本代表に選出され、日米大学野球選手権大会に出場しました。


その後、3年春からショートを守りますが、7月肘の手術を受け、秋のシーズンは全て欠場

4年春からリーグ戦復帰を果たしています。

宮下朝陽のスカウト評価

ヤクルト・橿渕スカウトグループデスク
「元々、持っているポテンシャルがある」

日本ハム・栗山英樹チーフベースボールオフィサー
「今日は宮下選手を見に来ました。北海道の子で高校時代から評価されていました。あのパンチ力を備えるショートはみんなが気になる存在です。素材の良さは分かっていたので、試合でどう力を示すのかを(各球団は)気にしていたはず。今日は凄く良いモノを見せてもらいました」

宮下朝陽のまとめ

兄弟そろって東洋大学でプレーし、プロ注目となっている宮下朝陽選手

北海道の小さな町から夢を追い続け、全国の舞台で輝きを放ってきました。

ケガを乗り越えて復帰した今シーズン、宮下朝陽選手がどんなプレーを見せてくれるのか、そしてドラフト指名はあるのか——今後の活躍に注目が集まりますね!