山梨学院の菰田陽生(こもだ はるき)選手。

大谷翔平選手に憧れるピッチャー兼内野手の二刀流選手です。

1年春から公式戦で4番を任され、2年春のセンバツでは最速152km/hを計測。

2年夏には甲子園ベスト4、2年秋には主将に就任しました。

3年春のセンバツでは左手首の骨折という大きな試練もありましたが、夏の山梨県大会で復帰を果たしています。

今回は菰田陽生選手のこれまでの歩みと家族について、最新の情報をもとにまとめました。

菰田陽生のプロフィール

名前:菰田 陽生(こもだ はるき)
生年月日:2008年12月21日
出身:千葉県御宿町
身長:195cm
体重:105kg
投打:右投げ右打ち
ポジション:ピッチャー兼ファースト
経歴:御宿町立御宿中学校→山梨学院高校

菰田陽生の父母

菰田陽生選手のお父さんの名前は菰田英典さんです。

菰田英典さんも野球経験者で、愛知・星城高校時代には投手、外野手、一塁手として活躍されていました。

現在は趣味のサーフィンをするために千葉県御宿町に移り住み、看護師の仕事をされています。

生まれた時から4500gと大きかった菰田陽生選手に2歳の頃から
「ピッチャーになれ!」
と声を掛け続けてたそうです。

菰田陽生選手のお母さんの名前は菰田理恵さん。

高校時代、菰田理恵さんはバレーボールの強豪校でプレーされていました。

現在は介護福祉士の仕事をされています。

ちなみにお父さんの身長は175cm、お母さんの身長は167cmと平均より少し高い程度です。

菰田陽生の兄・菰田朝陽

菰田陽生選手の3学年上の兄は上武大学の菰田朝陽(あさひ)選手です。

最大の武器は50m走5秒7という驚異的な俊足です。

「上武大の周東」と称され、一塁到達タイムは最速3秒22を記録。

元プロの飯田哲也氏に並ぶトップレベルの足と評価されています。

遠投113mの強肩も備え、大学では2025年の春・秋ともに最多盗塁とベストナインを獲得しました。

2025年秋季リーグでは打率.481で首位打者にも輝いています。

将来的には兄弟でのプロ入りも十分あり得る選手だと思いますね!

菰田陽生の小中学時代

菰田陽生選手は小学生から地元の御宿少年野球クラブで野球を始めています。

中学時代は千葉西リトルシニアでプレー。

中学3年時には主将を務め、ジャイアンツカップ大会出場を果たしています。

ジャイアンツカップ大会では出場選手計96人を対象に、バットスイングの計測会が行われましたが、菰田陽生選手は第3位となる123.1km/hをマークしていました。

ちなみにこの時の1位は明治大学の岡田啓吾の弟・岡田拓馬選手(現・前橋育英)、谷渕瑛仁選手(現・大阪桐蔭)でした。

岡田啓吾選手についてはこちらを→岡田啓吾の兄弟や筋肉がすごい!父母や出身中学は?イケメン!

谷渕瑛仁選手についてはこちらを→谷渕瑛仁のやらかしとは?兄弟もすごい!進路や怪我は?


また、菰田陽生選手は野球でのスピード力をつけるために学校では陸上部に所属し、校内トップクラスの走力を持っていたそうです。

長身のピッチャーでもう一人注目なのが、千葉西リトルシニアの菰田陽生(こもだはるき 3年)選手です。身長193㎝、体重95㎏の体格から繰り出す角度のあるストレートが武器。陸上部にも所属している菰田選手は、短距離の選手として、校内トップクラスの走力を持ち合わせています。

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菰田陽生の高校時代

中学卒業後は山梨学院に進学。

1年(2024年)

打撃を活かして控え内野手として1年春からベンチ入りし、春の山梨県大会決勝(日大明誠戦)で「4番・一塁手」として公式戦デビューを果たしました。

この試合はノーヒットに終わっています。

1年秋には背番号1を背負い、主戦投手として最速146km/hを記録しました。

2年(2025年)

春:センバツの西日本短大付戦でリリーフ登板し、3回パーフェクトの投球で最速152km/hを計測。

センバツの2年生投手としては、安楽智大投手(メキシコシティ・レッドデビルズ)、織田翔希投手(横浜)に並ぶ最速タイでした。

続く春季関東大会でも、3回2/3で11奪三振(8者連続三振)の快投を見せています。

夏:背番号1で甲子園の全4試合に先発し、1勝をマークしてチームのベスト4進出に貢献しました。

打者としても15打数7安打(打率.467)6打点と活躍しています。

しかし準決勝の沖縄尚学戦で肘の痛み(軽度の筋損傷)を発症し、途中降板となりました。

秋:主将に就任。一塁と三塁を守りながら、明治神宮大会ベスト8に進出しました。

3年(2026年)

春:センバツ1回戦の長崎日大戦に「2番・一塁」で先発し、初回に先制ソロ本塁打を放ちます。

しかし守備中の交錯で左手首(左橈骨遠位端)を骨折し、手術を受けることになりました。

夏:リハビリを経て、山梨県大会で実戦復帰。

初戦の韮崎戦では高校通算39号となる特大の2ランを放ちました。

投手としても最速150km/hをマークしています。

準決勝の帝京三戦では延長10回タイブレークで登板しましたが、惜しくも4対5で敗退しました。

菰田陽生の球速球種

現時点での菰田陽生選手のストレートの最速は2年春のセンバツでマークした152km/hです。

変化球はスライダー、フォーク、ツーシームなどを投げ分けます。

菰田陽生の野手としての特徴

菰田陽生選手は投手として注目されがちですが、打者・野手としてもスケールの大きな選手です。

規格外のパワーと圧倒的な飛距離

195cm・105kgという高校生離れした体格を生かした長打力が最大の魅力で、高校通算本塁打は39本です。

練習では木製バットでも推定140m級の飛距離を記録するなど、日本人離れしたパワーを備えています。

勝負強さも持ち味です。

3年春のセンバツでは初回に先制ソロ本塁打を放ち、3年夏の山梨県大会では左中間上段への特大2ランを打ちました。

大舞台で強烈な一発を放つスター性があります。

巨体に似合わぬ柔らかさとバットコントロール

力任せに振るタイプではありません。

手首をうまく使い、内角の球を柔らかくさばく器用さがあります。

体が大きくパワーがありながらバットをコンパクトに使え、広角に強い打球を飛ばせるコンタクト力とセンスも高く評価されています。

守備位置と運動能力

守備位置は主に一塁手と三塁手で、指名打者(DH)も務めます。

三塁手として出場した公式戦では、痛烈なゴロをダイビングキャッチして鋭い送球を見せました。

巨体を感じさせない柔らかなハンドリングとフットワークの持ち主です。

遠投100mの強肩に加え、50m走6.4秒と大型選手ながら走力もあります。

菰田陽生のまとめ

菰田陽生選手は1年春から4番を任され、2年夏には甲子園ベスト4、秋には主将と、順風満帆に見えた高校生活でした。

一方で、肘痛や手首の骨折など、度重なるケガとも向き合ってきました。

それでも夏の県大会で本塁打と150km/hを披露し、復活を印象づけています。

憧れの大谷翔平選手のような投打でスケールの大きな選手として、今後どのような道に進むのか、引き続き注目していきたいですね!

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