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兜森崇朗(青森山田)のwiki風経歴!出身高校大学や現役時代は?

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青森山田高校野球部兜森崇朗監督

「兜森 崇朗」名前の読み方“かぶともり たかあき”

兜森崇朗監督自身青森山田高校の出身で、高校時代はエースとして活躍されていました。

しかし、惜しくも甲子園出場ならず。

それでも監督に就任後は2024春の時点で、母校を夏1回春2回甲子園出場に導いています。

兜森崇朗のプロフィール

名前:兜森 崇朗(かぶともり たかあき)
生年月日:1979年7月26日
出身:青森県青森市
経歴:青森市立筒井中学校→山田高校→青森大学

兜森崇朗の現役時代

青森市立筒井中学校時代兜森崇朗監督エースとして全国中学大会に出場されています。

青森山田高校に進学後は、2年秋東北大会準優勝を達成!

兜森崇朗監督1回戦から決勝まで5連投と力投を見せていました。

当時の東北センバツ出場枠は2校で、青森山田高校初のセンバツ出場が期待されていましたが、優勝した高校が同じ青森県の光星学院だったため、地域性を考慮され、落選となってしまいました。

3年夏青森県大会決勝光星学院に敗れています。


高校卒業後は青森大学進学

高校時代に野球をやり切ったという想いが強かった兜森崇朗監督は大学ではあまり野球に熱心にはなれなかったそうです。

高校で完全燃焼できたが故に、大学時代は目的意識を失った。青森大ではプレーヤーとして精進する気にはなれず、「4年間、ほとんど何もしていなかったに等しいですよ」と、兜森は自嘲気味に笑った。

「まさかのセンバツ落選」は祝賀ムードの中で…19年後、青森山田元エースが“甲子園初出場”を果たすまで

それでも大学時代に母校・青森市立筒井中学校で臨時コーチをしたことがきっかけで、指導者を志すようになりました。

兜森崇朗の指導者時代

青森大学卒業後、地歴公民科の教員として青森山田高校に戻り、野球部副部長コーチ8年間務めています。

2011年から2015年にかけては青森山田リトルシニア監督を務め、
2014年林和男旗杯国際大会ベスト4
2015年春の全国選抜大会夏の日本選手権ベスト8へと導きました。

そして2015年8月からは青森山田高校監督就任

監督としては2016年春センバツで初めて甲子園で采配を振るっています。

兜森崇朗の主な教え子

堀岡隼人

投手/2016年読売ジャイアンツ育成選手ドラフト7位

三森大貴

内野手/2016年福岡ソフトバンクホークスドラフト4位

堀田賢慎

投手/2019年読売ジャイアンツドラフト1位

川原田純平

内野手/2020年福岡ソフトバンクホークスドラフト4位

兜森崇朗のまとめ

2004年から2009年まで6年連続で甲子園に出場し、1999年にはベスト8に入ったこともあり青森山田高校ですが、意外なことに?春はまだ甲子園で1勝も挙げていません。

2024年センバツでは、兜森崇朗監督の采配で青森山田高校春初勝利をもたらしてほしいですね!