FBS福岡放送の石田旭昇アナウンサー。

2023年度入社の新人ながら視聴者からの評判も上々のようです。

そんな石田旭昇アナウンサーですが、学生時代は野球をされていて、プロからも注目されるピッチャーだったとのこと。

そこで今回は石田旭昇アナウンサーの経歴や野球の実力、アナウンサーを志したきっかけなどについて調べてみました。

石田旭昇のプロフィール

名前:石田 旭昇(いしだ あきのり)
生年月日:2000年7月31日
出身::福岡県鞍手町
身長:173cm
体重:70kg
投打:右投げ右打ち
経歴:鞍手町立古月小学校→鞍手町立鞍手中学校→福岡県立東筑高校→法政大学

石田旭昇の名前の由来

石田旭昇アナウンサーの名前の「旭昇」は“あきのり”と読みます。

とても初見では読めない難しい読み方ですね。

この「旭昇」という名前は、朝日が勢いよく天空に昇る意から、勢いがきわめて盛んな様子を意味する「旭日昇天」という言葉からとって付けられています。

石田旭昇アナウンサーは偏差値69の進学校である東筑高校の出身ですが、お父さんやお母さんも頭が良くて、とても教養のある人なのかもしれませんね。

石田旭昇の小中学時代

石田旭昇アナウンサーはお父さんの知り合いが監督をしていたことがきっかけで、小学2年生から鞍手ベアーズで軟式野球を始めています。

中学時代は鞍手町立鞍手中学校の軟式野球部に所属。

石田旭昇アナウンサーは中学時代から学業も優秀で、卒業式の時には、卒業生代表として答辞も読まれていました。

石田旭昇の高校時代

中学卒業後は、北九州市にある東筑高校に進学します。

高校では1年秋から控え投手としてベンチ入り。

2年夏からは背番号1を付けてマウンドに上がっていました。

2年夏の福岡県大会では全7試合を一人で投げ切り、21年ぶりの優勝に貢献!

続く甲子園では、済美高校に2本のホームランを打たれ、10失点で初戦敗退に終わっています。

2年秋の福岡県大会でも優勝!

九州大会もベスト4に入り、2季連続の甲子園出場を果たしています。

翌3年春のセンバツでは初戦で聖光学院に3対5で敗れ、またしても、甲子園での勝利はなりませんでした。

3年夏の福岡県大会は初戦敗退に終わっています。

東筑の石田伝説

東筑高校はこれまでに夏は6回甲子園に出場しています。

そのうちの4回はエースの名字が「石田」なんです!

このことから東筑高校にはエースの名字が石田だと甲子園に行ける!という伝説が生まれています。

石田旭昇アナウンサー本人も、高校入学直後に
「石田のいる代は甲子園に行く」
と言われてとても驚いたそうです。

それでも、しっかり甲子園に出場しているのはさすがですね!

石田旭昇の大学時代

高校卒業後は法政大学文学部に進学。

大学では3年春からベンチ入りし、3年秋にリーグ戦デビュー。

大学通算8試合に登板し、0勝0敗、防御率2.45の成績を残しています。

石田旭昇がアナウンサーを志した理由

石田旭昇アナウンサーは大学2年生の時にコロナ禍を経験しています。

その時にじっくり進路を考える時間があり、プロに進んだ法政大学の先輩たちと一緒に働ける仕事は?と考えた結果、アナウンサーを目指そうと決意されたそうです。

「大学2年のときコロナ禍で先輩たちの就職先も狭くなっているのを見て、卒業後の自分を考えたんです。プロ野球選手は無理だなと思って。その年は大学の先輩の鈴木昭汰さん(ロッテ)や高田孝一さん(楽天)がドラフト指名を受けてプロに進んで、そういう方と一緒の世界で働きたいと思ったんです。それがアナウンサーを目指すきっかけでした」

Sports otto!

石田旭昇のまとめ

現在は主にニュースを読まれている石田旭昇アナウンサーですが、将来はプロ野球の実況をやりたいという希望があるそうです。

石田旭昇アナウンサーがホークス戦の実況をするのもそんなに遠くない未来かもしれませんね!

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