野球

関本勇輔(履正社卒)が日大を退部退学?現在は独立リーグ?父弟についても!

履正社高校から日本大学に進学していた関本勇輔選手が、野球部退部大学退学したと話題なっていますね。

関本勇輔選手といえば、履正社高校時代3年時には正捕手主将4番打者として活躍!

2020年のドラフトではプロ志望届を提出したものの、残念ながら指名漏れに終わりましたが、世代トップクラスのキャッチャーとして注目されていました。

そんな関本勇輔選手退部退学していたとは驚きです!

一体、関本勇輔選手に何があったのでしょうか?

関本勇輔のプロフィール

名前:関本 勇輔(せきもと ゆうすけ)
生年月日:2002年9月28日
出身:兵庫県
身長:177cm
体重:85kg
投打:右投げ右打ち
ポジション:キャッチャー
経歴:西宮市立夙川小学校→西宮市立苦楽園中学校→履正社高校→日本大学

関本勇輔の父・関本賢太郎

関本勇輔選手元プロ野球選手の関本賢太郎さんです。

現役時代のポジションは内野手

天理高校を卒業後、1996年のドラフト阪神タイガースから2位指名を受け入団。

プロでは阪神一筋で19年間プレーされ、2015年に現役を引退されています。

関本勇輔の弟・関本大成

関本勇輔選手4人きょうだい長男で、3歳下の弟天理高校野球部の関本大成選手です。

大成選手のポジションは内野手

高校ではケガもあり、出遅れていましたが、2年秋から公式戦に出場しており、注目されています。


関本大成選手についてはこちらを→関本大成(天理)はドラフト注目!父兄もすごい?出身中学や進路は?

関本勇輔の球歴

関本勇輔選手小学1年生から夙川少年野球野球を始めました。

中学生になって、兵庫西宮ボーイズに入団してから、キャッチャーを始めます。

履正社高校に進学後は2年春センバツからベンチ入り

2年夏には背番号12控えキャッチャーとして、甲子園初優勝を経験しました。

2年秋からは、正捕手主将4番打者のチームの中心を担い、2年連続のセンバツ出場に貢献!

残念ながら、センバツ新型コロナウイルスの影響で、中止となってしまいましたが、代わりに夏の甲子園交流試合に出場しています。


3年秋にはチームメイトの小深田大地選手(現・横浜DeNA)、田上奏大投手(現・ソフトバンク)、内星龍投手(現・東北楽天)とともにプロ志望届を提出。

しかし、ただ一人だけ指名漏れに終わり、日本大学進学していました。

関本勇輔は日本大学を退部退学

日本大学では片岡昭吾監督からも
「ポテンシャルは新入生の中でも頭1つ抜けています」
と1年生から目をかけられていた関本勇輔選手でしたが、
2年生に上がるタイミングで野球部退部、学校も辞められたようです。

私も調べてみたところ、野球部のホームページからも名前が消えており、野球部退部したのは間違いないようですね。

辞められた理由についてはわかっていませんが、関本勇輔選手クラスの選手が辞めるとは、よほどのことがあったと推測されます。

関本勇輔は日本大学を退部退学のまとめ

気になるのは関本勇輔選手現在です。

未確認の情報ですが、現在独立リーグを目指しているトレーニングを続けているとのうわさがあります。

もう少しで、独立リーグトライアウトが行われる時期ですので、関本勇輔選手についての情報も出てくるかもしれませんね。

何かわかりましたら、改めて追記させていただきます。


関本勇輔選手はこのまま引退するには惜しすぎる選手です。

何があったとしても野球だけは辞めないでいてほしいですね!