2026年のセンバツに21世紀枠で75年ぶりの出場を決めた長崎西高校。
公立の進学校として話題を集めているこのチームの指揮を執るのが、宗田将平監督です。
「突出した選手はいない」と語りながらも、チームの一体感と考える野球で強豪を次々と撃破してきました。
そんな宗田将平監督はいったいどんな人物なのでしょうか?
その歩みをたどりながら、宗田将平監督の魅力に迫ってみたいと思います!
㊗️長崎西、センバツ甲子園出場!
— 【公式】スポ魂ながさき(NCC) (@spocom_nagasaki) January 31, 2026
宗田将平監督の歓喜の胴上げ🎊
うれしさで勢いあまって・・・!!!
部員、監督の和気あいあいとした雰囲気が垣間見える瞬間です。#長崎西 #センバツ #甲子園 #高校野球 pic.twitter.com/UsLwIwvl9e
宗田将平のプロフィール
名前:宗田 将平(そうだ しょうへい)
生年月日:1974年11月11日
出身:長崎県佐世保市
学歴:長崎県立佐世保西高等学校→立命館大学(中退)→専修大学
宗田将平の現役時代
宗田将平監督の現役時代のポジションは外野手です。
高校時代は長崎県立佐世保西高校でプレーし、甲子園の出場の経験なし。
高校卒業後は立命館大学に進学し、野球部にも入部。
ここで面白いエピソードがあります。
球場でバット引きのアルバイトをしていた大学1年生のとき、当時オリックスに所属していたまだブレイク前のイチロー選手のキャッチボール相手を務めたことがあるそうです!
後に世界的なスーパースターとなるイチロー選手と同じグラウンドに立っていたなんて、なんとも夢のある話ですよね。
しかしその後、宗田将平監督の野球生活に大きな試練が訪れます。
イップス(投球動作に支障をきたす症状)を発症してしまい、わずか1年で野球部を退部することに。
さらに立命館大学も辞め、改めて専修大学へと進学します。
専修大学では硬式野球部には入らず、クラブチームで軟式野球を楽しむ形で野球を続けていました。
宗田将平の指導者時代
大学卒業後は4年間、病院事務として働いた宗田将平監督。
しかし「病院事務が自分に合っていない」という思いが募るなか、ちょうど教員募集の知らせが目に入ります。
教員免許を取得していた宗田将平監督は迷わず応募し、2001年から西彼杵高校での教員生活をスタートさせました。
その後、佐世保南高校・小浜高校・五島高校・佐世保北高校と複数の学校で指導にあたり、長崎西への着任直前の2年間は教育委員会にも勤務。
着実にキャリアを積む中で、管理職への昇進試験を受けるよう何度も促されたそうです。
でも宗田将平監督の答えは「ノー」。
「もう一度現場に戻って野球をやりたい」——その一心で、出世の道よりも野球指導の道を選び続けたんです。
この一本筋の通った生き方が、宗田将平監督という人間の魅力をよく表していると思いませんか?
そして2021年4月、長崎西高校に着任し野球部の部長に就任。
2024年4月にはついに念願の監督に就任しました。
宗田将平の指導方法
監督就任後、宗田将平監督が掲げたのは「時律」というテーマです。
これは長崎西の校訓である「自律」にちなみ、「時を律する」という意味を込めた言葉。
平日の練習時間がわずか1時間半しかない状況の中で、いかに効率よく質の高い練習をするかを徹底的に追求しました。
工夫の一つが、毎日の昼休み45分間を使ったランチミーティングです。
当日の練習メニューを事前に共有し、午後5時からの練習をスムーズに消化できるよう準備する。
そんな細やかな取り組みが積み重なって、チーム力が磨かれていきました。
公式戦前には相手校のデータ分析も徹底し、自分たちの長所・短所も客観的に把握したうえで戦術を練ります。
その成果は、2025年秋の長崎大会での準優勝、そして九州大会でのベスト8進出という結果に表れました。
また宗田将平監督がもっとも大切にしているのが「応援されるチームを作れ」という理念です。
これは2007年夏の甲子園で優勝した佐賀北高校・百崎敏克監督(当時)から学んだ「人知れず応援したくなるようなチームを作らないといけない」という教えが原点となっています。
そのため宗田将平監督は部員たちに、掃除を率先してする、自分からあいさつをする、靴が散らばっていたら整理する、分からない問題を放置しない、授業では絶対に居眠りしない——といった当たり前のことを徹底させました。
すると自然と学校全体に「野球部を応援してやろう」という空気が広がっていき、県大会の試合会場には遠くからも大勢の生徒が応援に駆けつけるようになったのです。
センバツ出場が決まった1月30日には、体育館の周りに集まった部員以外の生徒たちが窓から中をのぞき、出場決定の瞬間には校舎から多くの生徒が手を振り、選手の名前を叫んで祝福したといいます。
その光景に宗田将平監督は
「『応援されるチーム』に近いところまでやっと来たかな」
と頰を緩ませたそうです。
宗田将平のまとめ
イップスで挫折しながらも野球への情熱を持ち続け、病院事務員から教員に転身し、管理職への昇進より現場での野球指導を選び続けた宗田将平監督。
その生き方は一貫して「自分が本当に大切にしたいものに正直に生きる」というものではないでしょうか。
「突出した選手はいない」長崎西が甲子園の舞台で考える野球と一体感を武器にどんな戦いを見せてくれるのか、今からワクワクが止まりません!
「公立進学校でも甲子園で良い試合を見せられる」——宗田将平監督のその言葉を、ぜひ甲子園の大舞台で証明してほしいですね。
長崎西高校・宗田将平監督の挑戦から、これからも目が離せません!

