尽誠学園野球部を率いる西村太監督。
選手とのコミュニケーションを重視されている監督さんです。
2020年にはセンバツ出場を決めていましたが、コロナによる大会中止の憂き目にあっています。
それから5年、夏の香川県大会を制し、監督として初の甲子園出場を果たしました。
今回はそんな西村太監督の経歴や家族について紹介します。
尽誠学園監督「アルプスと校歌を歌えたことがうれしい」 夏の甲子園https://t.co/eAIC7uMgG3
— 毎日新聞 (@mainichi) August 12, 2025
西村太監督は「大観衆、大歓声の中で戦えたことにすごく感謝したいです。23年ぶりにアルプスと一緒に歌えたことが何よりうれしい限りです」と語りました。
西村太のプロフィール
名前:西村 太(にしむうら ふとし)
生年月日:1979年度生まれ
出身:大阪府大阪市
職業:地歴公民科教諭
経歴:尽誠学園高校→大阪学院大学
西村太の父母
西村太監督の父・西村良孝さんは、元バレーボール選手です。
現役時代は住友金属でプレーし、引退後は指導者へ転身。
2004年には女子バレーボール日本代表のコーチとしてアテネオリンピックに参加しています。
アテネオリンピック 2002
— 千 (@SenN1005) March 13, 2020
チームリーダー 中村昌枝
監督 柳本晶一
コーチ 西村良孝
総務 中村和美
吉原知子
辻 知恵
成田郁久美
佐々木みき
大村加奈子
竹下佳江
高橋みゆき
杉山祥子
大友 愛
大山加奈
栗原 恵
木村沙織
高橋さんは「シン!」栗原さんは「めぐみ」って本を出していました。
西村太監督の母の西村やえみさん(旧姓・松川やえみ)も、元バレーボール選手で、現役時代はユニチカ貝塚に所属していました。
両親がともにバレーボール選手という環境で育った西村太監督が、野球を選んだ理由ついては
「小学1年のとき、親に言わず友達に誘われて行った野球の練習が楽しくて」
と語っていますね。
現在は既婚で、二人の息子と一人の娘を育てています。
西村太の現役時代
西村太監督は尽誠学園の出身です。
高校時代のポジションはピッチャー兼外野手。
高校の同期には大沼幸二さん(元・西武、横浜)、1学年下には木村昇吾さん(元・広島)がいましたが、甲子園出場経験はありません。
高校卒業後は大阪学院大学に進学。
大学では外野手に専念し、野球を続けていました。
西村太の指導者時代
大学を卒業した2002年春に母校に戻り、尽誠学園の寮監兼コーチに。
そこから15年間、4人の監督の下でチームを支えていました。
そして2017年11月に監督に就任。
就任翌年の夏の県大会直前にはコーチによる部員への暴力事不祥事が発覚!
西村太監督自身も報告遅れを指摘され、3ヶ月間の謹慎処分を受けています。
香川県善通寺市の尽誠学園野球部でコーチによる暴力行為が発覚しました。監督も報告義務を怠ったとして謹慎処分となっています。
高校によりますと、野球部の男性コーチ(27)は、今年3月と4月、寮の規則違反や練習態度を理由に、2人の部員の顔を平手打ちしたということです。 監督はコーチの暴力行為を把握していましたが、学校や高野連には報告していませんでした
尽誠学園野球部コーチが部員に暴力 監督を交代し香川大会に出場へ
その後、2019年秋には四国大会準優勝を果たし、センバツ出場校に選出。
しかし、センバツはコロナ禍のため中止となってしまいました。
2025年夏にはエースで、4番打者で、主将の廣瀬賢汰投手を擁し、香川県大会優勝!
改めて監督として初の甲子園出場を決めています。
廣瀬賢汰投手についてはこちらを→廣瀬賢汰(尽誠学園)はドラフト注目!出身中学や球速球種は?
第107回全国高等学校野球選手権香川大会決勝戦。
— A SA@ (@homeresu) July 27, 2025
ノーシードから勝ち上がり、昨年の初戦敗退から1年。新チームが優勝を決め甲子園出場を決めました!その写真を。
9年ぶりの扱いになるけれど僕は、5年ぶりコロナ禍で中止になって以来の出場と思っています!#尽誠学園 #尽誠#高校野球 pic.twitter.com/bLjNwdNib3
西村太の指導方針
西村太監督は、選手との対話を軸にしたコミュニケーションを重視する指導者です。
その目的は、選手一人ひとりの「自主性」と「考える力」を引き出し、チーム全体で新しいカラーを築き上げること。
また、選手同士のコミュニケーションにも力を入れ、練習中に疑問や課題が生じた際には、納得できるまで話し合える環境を整えています。
特にバッテリー間では「野球ノート」を活用し、意見や考えを共有して相互理解を深める工夫も導入。
こうした取り組みが、選手の成長とチーム力の向上を後押ししています。
西村太のまとめ
選手時代から母校・尽誠学園を愛し続け、指導者としてもチームを支え続けてきた西村太監督。
家族から受け継いだスポーツへの情熱と、独自のコミュニケーション重視の指導法で、選手たちの自主性と考える力を育んできました。
コロナ禍によるセンバツ中止という悔しさを乗り越え、ついに2025年夏、監督として初めて甲子園出場を果たしています。
これからの尽誠学園、そして西村太監督の挑戦からも目が離せません!