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池崎安侍朗(明徳義塾)はイケメンドラフト候補!ハーフなの?父母は?

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明徳義塾高校2025年度ドラフト候補池崎安侍朗投手

世代トップクラスの技巧派の左ピッチャーです。

2年夏甲子園ではマダックス完封を達成しています。
※マダックス・・・100球未満で完封すること。

また池崎安侍朗投手はあまりにもイケメンなため、ハーフではないか?とのもありますね。

本当のところはどうなのでしょうか?

そこで今回は池崎安侍朗投手経歴と併せて、家族についても調べてみました。

池崎安侍朗のプロフィール

名前:池崎 安侍朗(いけざき あんじろう)
生年月日:2007年9月15日
出身:鹿児島県奄美市
身長:170cm
体重:62kg
投打:左投げ左打ち
ポジション:ピッチャー兼外野手
経歴:尼崎市立武庫東中学校→明徳義塾高等学校

池崎安侍朗の父母

池崎安侍朗投手お父さん池崎祐介さんお母さん池崎真知子さんです。

さらにご両親も鹿児島県奄美市名瀬の出身

どうやら池崎安侍朗投手お父さんお母さん日本人のようです。

お父さん45歳お母さん46歳と年齢も近いところを見ると、もしかしたら幼馴染なのかもしれませんね。
※年齢は2024年8月時点。

ちなみに池崎安侍朗投手「安侍朗」という名前は、
野球が好きなご両親から、侍ジャパンの「侍」と、
お母さんの海外留学時代の恩師・アンジー氏
ご両親がファンであるイチロー氏の本名・鈴木一朗の「朗」
からとって付けられています。

2006年第1回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の翌年の2007年生まれ。野球が好きな両親から、侍ジャパンの「侍」と、両親がファンであるイチロー氏の本名・鈴木一朗の「朗」を含んだ「安侍朗」という名前を授かった。

【甲子園】明徳義塾・池崎安侍朗が〝マダックス〟達成 夏では2019年の星稜・奥川恭伸以来5年ぶり 「低めで打たせて取ることができた」

 

名前の由来は「安侍」が母の海外留学時代の恩師・アンジー氏から、「朗」はイチロー氏(50)から名付けられた。

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池崎安侍朗の小中学時代

鹿児島県奄美市で生まれた池崎安侍朗投手野球経験者だったお父さんの影響で、幼い時から野球を始めています。

4歳兵庫県へ引っ越してからも野球を続け、小学4年生の時に尼崎市武庫之荘野球スポーツ少年団に入団しました。

中学時代尼崎西リトルシニアでプレー。

中学3年時にはリトルシニア全国選抜野球大会リトルシニア日本選手権大会に出場しています。

池崎安侍朗の高校時代

中学卒業後は高知県にある明徳義塾高校進学しています。

高校では1年春からベンチ入りし、
1年夏高知県大会ベスト4
1年秋高知県大会3位四国大会ベスト4


2年夏
高知県大会では背番号10ながら、全4試合中3試合先発

合計27回を投げ、被安打19奪三振11与四死球7失点7の好成績で、2年ぶりの優勝に貢献しました。

続く2年夏甲子園では初戦(2回戦)鳥取城北戦先発すると、わずか95球で完封勝ちを収めています。

3回戦関東第一高校戦でも先発し、完投していますが、試合は2対3で惜しくも敗れていました。

池崎安侍朗のプレースタイル

池崎安侍朗投手はコントロールが良く、打たせて取るピッチングが持ち味のサウスポーです。

ストレートの最速138km/h

変化球スライダーチェンジアップカーブなど。

スタミナも豊富で、先発した試合は、ほとんど一人で投げ抜いています。

遠投90メートル。

50メートル走6秒2。

池崎安侍朗の進路

池崎安侍朗投手はまだ2年生のため、高校卒業後の進路はわかっていません。

池崎安侍朗のまとめ

少し気が早いですが、2年夏の甲子園でのピッチングを見て池崎安侍朗投手2025年度の高校日本代表に選ばれそうなピッチャーだと感じました。

残り1年、怪我にだけは気を付けて、成長を続けていってほしいですね!