バレーボール

佐藤ラニ海(道科学大高)はハーフで父もすごい?出身中学や最高到達点は?

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北海道科学大学高等学校バレー部佐藤ラニ海選手

最高到達点340cmの高さが武器のオポジットの選手です。

また、佐藤ラニ海選手お父さん元トップアスリートとのこと。

そこで今回は佐藤ラニ海選手経歴家族について調べてみました。

佐藤ラニ海のプロフィール

名前:佐藤ラニ海(さとう らに かい)
生年月日:2006年4月20日
出身:山梨県
身長:190cm
ポジション:オポジット
最高到達点:340cm
家族:父、母、妹
経歴:札幌市立清田中学校→北海道科学大学高等学校

佐藤ラニ海の父・ビジュ

佐藤ラニ海選手お父さんブラジル人お母さん日本人です。

お父さんビジュさん元サッカー選手で、現役時代Jリーグで活躍されていました。

2000年には岡田武史監督(当時)のもと、運動量抜群のボランチとしてコンサドーレ札幌J1昇格に貢献!

現在はコンサドーレ札幌のOB・野々村芳和さんが代表を務める株式会社クラッキスタッフとして働かれています。

佐藤ラニ海の小中学時代

佐藤ラニ海選手ビジュさんヴァンフォーレ甲府に在籍していた2006年山梨県で生まれました。

お父さんが現役を引退した2010年からは札幌引っ越し

ちなみに佐藤ラニ海選手「ラニ海」という名前は、両親が好きなハワイラニカイビーチから、
「美しいビーチのような心を持って成長してほしい」
との願いを込めて命名されています。

名前の「ラニ海」はハワイの「ラニカイビーチ」が好きな両親が「美しいビーチのような心を持って成長してほしい」と命名した。

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佐藤ラニ海選手小学校低学年の頃はお父さんの影響で、サッカーをされていました。

しかし、サッカーは合わなかったようで、小学4年生からはテニスを始めています。

中学では最初は帰宅部でしたが、顧問の先生や同級生から誘われたことがきっかけで、1年生の夏休みからバレー部入部

そこから佐藤ラニ海選手は恵まれた体格と親譲りの運動神経でメキメキと才能を伸ばしていき、中学3年時には道中学選抜メンバーとしてJOC全国都道府県対抗中学大会に出場しています。

佐藤ラニ海の高校時代

中学卒業後は道中学選抜メンバーのレギュラー5人とともに科学大高校進学

高校では1年生からベンチ入り

2年夏インターハイ北海道予選では準優勝に貢献し、4年ぶり4回目インターハイ出場を果たしています。

インターハイでは予選リーグ敗退

大会終了後は、それまでのミドルブロッカーからサイドやバックからの攻撃回数を増やすためオポジット転向

2年生11月春高バレー北海道予選では優勝し、3年ぶり4度目春高バレー出場を決めています。

決勝東海大札幌戦ではチームトップ14得点をマークしていましたね。

佐藤ラニ海の進路

佐藤ラニ海選手はまだ2年生のため高校卒業後進路についてはわかっていません。

ただ、科学大高校辻克典監督
「将来、トップの大学でもバレーやってほしい」
と話されています。

ミドルブロッカーからオポジットへの転向将来を見据えてのことだそうです。

佐藤のポテンシャルを見越してOPにコンバートした辻克典監督(36)は「将来、トップの大学でもバレーやってほしい。ミドルをさせてたら先はないので、まずは段階としては、ここで打つ専門。最終学年はサーブレシーブを狙われ続けても、自分で取って自分で打つところまで3年間で作っていきたい」と期待を寄せる。

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佐藤ラニ海のまとめ

まだバレーを初めて5年ちょっと全国レベルの選手に成長した佐藤ラニ選手

日本生まれということで、国籍日本ですので、将来は日本代表入りもあるかもしれませんね!