今年の愛工大名電高校は強いですね!

それもそのはず、今年の愛工大名電高校には簡単には負けられない理由があります。

その理由とは、今年の6月に亡くなったチームメイトの瀬戸勝登選手です。

瀬戸勝登選手は俊足巧打の外野手で、チームではムードメーカー的な存在でした。

今年の夏の愛知県大会にもベンチ入りする予定だったそうです。

瀬戸勝登のプロフィール

名前:瀬戸 勝登(せと しょうと)
生年月日:2004年度生まれ
出身:愛知県
投打:右投げ左打ち
ポジション:外野手
経歴:春日井市立鷹来中学校→愛工大名電高校

瀬戸勝登の父母

瀬戸勝登選手は父・洋介さんと母・光子さんの間に生まれました。

瀬戸勝登選手の「勝登(しょうと)」という名前は、
「何事にも強く勝ち登ってほしい」
との願いを込めて、付けられています。

両親ともに野球好きだそうですので、もしかしたら、野球のポジションの「ショート」もかかっているのかもしれませんね。

瀬戸勝登の小中学時代

瀬戸勝登選手は小学1年生から野球を始めました。

小学生時代はピッチャーや内野手として活躍!

中学からは名門・東海ボーイズでプレー。

中学2年夏にはジャイアンツカップ出場を果たしています。

瀬戸勝登の高校時代

中学卒業後は愛工大名電高校に進学。

2年夏にはチームは甲子園に出場していますが、瀬戸勝登選手は当時はまだベンチ外でした。

瀬戸勝登選手は3年春から背番号20でベンチ入り。

春季愛知県大会2位で、臨んだ東海大会では代打で1打席、出場していました。

瀬戸勝登の死因

瀬戸勝登選手は夏の愛知県大会直前の6月に寮から一時帰宅していた際に自宅で倒れ、急死されています。

死因は急性心不全です。

時節柄、新型コロナウイルスの影響や、ワクチンの副作用を疑う人もいるみたいですが、特に関連は認められていません。

瀬戸勝登のまとめ

夏の甲子園初戦の勝利をスタンドで試合を見守った瀬戸勝登選手の父・洋介さんは
「みんなの心の中に勝登がいると感じ、うれしかった。一日でも長く勝登と野球をしてほしい」
と話されています。

負けない限り、瀬戸勝登選手と愛工大名電の夏は終わらない。

瀬戸勝登選手のためにも一つでも多く勝ち続けていってほしいですね!


今年の愛工大名電高校のメンバーについてはこちらを↓
愛工大名電野球部メンバー2022!亡くなった部員の死因は?出身中学や監督は?

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