U-20日本代表の“秘密兵器”と呼ばれているのが、湘南ベルマーレの鈴木冬一選手です。
セレッソ大阪U-18時代には、高校2年で2種登録としてJリーグ出場をするほどの実力を持っていましたが、高校3年の時には、あえて厳しい環境を求めて、長崎総合科学大学附属高
校に転入しています。
サッカーを上手くなることに対してとても貪欲な選手ですね。
今回のU-20ワールドカップでは、予選まで中心選手だった久保建英選手(FC東京)や安部裕葵選手(鹿島アントラーズ)が参加しないため、鈴木選手には主力としての活躍が期待されています。
プロフィール
名前:鈴木 冬一(すずき といち)
生年月日:2000年5月30日
出身:大阪府東大阪市
身長:163cm
体重:66kg
利き足:左
ポジション:MF、DF
家族:父、姉
経歴:セレッソ大阪U-12→セレッソ大阪U-15→セレッソ大阪U-18→長崎総合科学大学附属高校→湘南ベルマーレ
父
鈴木選手は父・啓司さんに男手ひとつで育てられました。
啓司さんは若い頃、サッカーとウインタースポーツをやっていて、特にウインタースポーツに熱心にやっていたことから
「やるのならば一番になってほしい」
という思いを込めて、息子に冬一(といち)と名づけました。
お母さんについては、特に情報がありませんでした。
サッカー歴
6歳からサッカーを始め、石切東小4年生の時にセレッソ大阪の下部組織に入団しています。
以後、セレッソ大阪U-15、セレッソ大阪U-18でプレーしました。
高校2年生の時には、トップチームに2種登録され、セレッソ大阪U-23としてJ3第24節・福島ユナイテッドFC戦でJリーグ初出場を果たしています。
長崎総合科学大学附属高等学校に転入!
翌年の2018年3月2日には、昨シーズンに引き続きトップチーム登録されましたが、その後1週間で、突然、登録抹消され、長崎総合科学大学附属高校への転入が発表されました。
所属チームで出番がない選手が、出場機会を求めて高校のサッカー部に移籍することは、まれにありますが、鈴木選手のように2種登録され、Jリーグの試合に出場経験のある選手が移籍することは異例中の異例のことです!
この決断のきっかけは、高校2年生の時に出場したU-17ワールドカップでした。
U-17ワールドカップに参加したことにより、自身の実力不足を感じ
「正直、代表で同じチームメイトや、イングランドなど世界トップの選手の力を見て、自分が技術的にも精神的にも遅れていると感じた」
と言います。
また、長崎総合科学大附属高校を選んだ理由については、監督の小嶺忠敏さんの存在が大きかったそうです。
「選んだ理由は小嶺先生がいたから。小嶺先生の下でなら自分が求める厳しい環境でサッカーに打ち込めるし、人間性も磨けると思った」
とコメントされています。
小嶺忠敏監督といえば、国見高校時代にインターハイ優勝5回、選手権では戦後最多タイの6回の優勝を誇る高校サッカー界の名監督です。
教え子には大久保嘉人選手(現・ジュビロ磐田)、安藤瑞季選手(現・セレッソ大阪)など、数多くのJリーガーがいます。
高校での実績
高校では、3年冬の全国高等学校サッカー選手権大会に背番号10を付け出場。
3回戦まで勝ち進みましたが、帝京長岡高校1-2で敗れ、ベスト16でした。
湘南ベルマーレ
高校卒業後は、湘南ベルマーレに入団。
高卒1年目の第3節の鹿島アントラーズ戦でJ1リーグデビューを果すと、第4節の仙台戦からスタメンの座を獲得しています。
チームメイト
湘南の同世代のチームメイトには、鈴木選手と同じくU-20日本代表に選ばれている齊藤未月選手がいます。
プレースタイル
キレのあるドリブルと的確な状況判断からチャンスを作り出すことを得意としている選手です。
複数のポジションをこなすことができ、湘南では左右ウイングバックや左右サイドバックなどでプレーしています。
日本代表
これまでも年代別の代表の常連だった鈴木選手は、将来は年齢制限の無い日本代表にも必ず入ってくる選手です。
今回のU-20ワールドカップでいい経験を積んで、所属チームや代表で活躍を続けていってほしいですね。
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