2025年10月、ゴルフファンの間で一人の女子高校生の名前が一気に広まりました。
国内女子ゴルフの4大メジャー大会のひとつ、日本女子オープン。
そこに、アマチュアの身でありながら堂々と最終日の最終組に名を連ねた15歳がいました。
福岡第一高校に通う廣吉優梨菜選手です。
初出場のメジャー大会で、初日から67・68・67と驚異的なスコアを連発。
3日間のパーオン率は全体1位の88.89%を記録し、プロ顔負けのショットでギャラリーを沸かせました。
最終日は惜しくも4打差で3位に終わったものの、ローアマチュアを獲得。
「アマチュアが日本女子オープンを制する」という9年ぶりの快挙まで、あと一歩のところまで迫ったのです。
大会を終えた廣吉優梨菜選手は、初々しい表情でこう語りました。
「いつか女子オープンで優勝したい」
負けず嫌いで、でも笑顔がまぶしい。
そんな廣吉優梨菜選手について調べてみました。ぜひ最後まで読んでみてください。
いけいけ❗️
— 杉山藤夫 (@fujiiwao) February 4, 2026
ゴーゴー❗️#golf897
オーガスタナショナル女子アマに廣吉優梨菜、岩永杏奈、後藤あいら日本勢5人【アマチュア その他】 https://t.co/D6Zc4cxdx3
廣吉優梨菜のプロフィール紹介
まずは、廣吉優梨菜選手のプロフィールをご紹介しましょう。
廣吉優梨菜(ひろよし・ゆりな)選手は、2010年3月1日生まれの福岡県出身。
現在は福岡市にある福岡第一高校の2年生です。
身長160センチのすらりとした体格から、平均飛距離240ヤードを誇るパワフルなショットを放ちます。
得意クラブはアイアンで、グリーンを正確に攻める精度の高さは、プロの選手たちも舌を巻くほどです。
憧れの選手は、人気と実力を兼ね備えた吉田優利選手。
「強気な姿を見ているとほれぼれする」
と語るあたり、廣吉優梨菜選手自身の負けん気の強さも垣間見えますね。
好きなアーティストはSEKAI NO OWARIで、ゴルフ一色に見える日常の中にも、ごく普通の女の子らしい一面があります。
休み時間には友達とお菓子を分け合い、体育の授業では全力疾走する。
そんな天真爛漫な高校生が、いったんゴルフクラブを握れば別人のように輝く——そのギャップこそが、廣吉優梨菜選手の大きな魅力のひとつかもしれません。
好物はギョーザと夏のトマト。
練習終わりに家族でギョーザを食べるのが何よりの息抜きで、
「暑いときによく冷やしたトマトを丸かじりすると最高」
と笑顔で話す姿は、どこまでも自然体です。
ゴルフとの出会い〜中学時代の成長
廣吉優梨菜選手がゴルフを始めたのは、9歳のころのことです。
きっかけは父・幸雄さんの勧めでした。
習いごととして始めてみたものの、最初はなかなかボールに当たらない日々が続いたそうです。
「最初はボールに全然あたらなくて。ゴルフ教室というより、友だちに会いにいくような感覚でした」
そんな微笑ましいスタートだったとは、今の活躍からはとても想像できませんよね。
転機が訪れたのは、小学5年生のとき。
地元で開かれた大会に初めて出場した廣吉優梨菜選手は、同じ世代に強いライバルたちがいることを知ります。
持ち前の負けん気に、一気に火がついた瞬間でした。
小学6年生では全国小学生ゴルフ大会の女子の部で2位タイに入るなど、めきめきと頭角を現していきます。
しかし、中学1年生のときは思うような活躍ができませんでした。
技術も考え方もまだまだ追いついていなかったと、廣吉優梨菜選手自身も振り返ります。
父・幸雄さんも
「実力不足だ、このままじゃダメだと痛感した」
と語っており、親子でこのままではいけないと強く感じた時期でした。
そこで決断したのが、コーチのもとで本格的なレッスンを受けること。
自宅のある北九州市から福岡市へ、毎週通う生活が始まりました。
その努力はすぐに結果へとつながっていきます。
中学2年生では九州ジュニアゴルフ選手権で優勝を果たし、日本ジュニアゴルフ選手権でも3位入賞。
そして迎えた中学3年生、最大の目標に掲げていた日本ジュニアゴルフ選手権(女子12〜14歳の部)でついに優勝を飾ります。
「目標を果たしましたが、実感がわいてきたのは少したってから。学校の先生からもおめでとうと言っていただいて、だんだんと喜びがこみ上げてきました。あの優勝は今でも自信になっています」
父・幸雄さんも「予想以上の成績を残せるようになっています」と目を細め、「物おじしないタイプのようで、プレッシャーのかかる場面でもきっちり実力を発揮できている」と、娘の成長を温かく見守っています。
9歳のころ、ボールにも当たらなかった女の子が、父との二人三脚で着実に階段を上ってきた——そのひたむきな歩みが、今の廣吉優梨菜選手をつくっているのです。
高校生になってからの快進撃
中学時代に日本ジュニア選手権を制した廣吉優梨菜選手は、高校進学とともにさらなる飛躍の舞台へと進んでいきます。
2025年、日本ゴルフ協会(JGA)が選出するナショナルチームに最年少で選出されました。
全国から選ばれた7人のメンバーのひとりとして、同世代のトップ選手たちと切磋琢磨する日々がスタートします。
日の丸のついた代表ウェアに袖を通し、国際舞台での活躍を見据えた新しいステージへと踏み出したのです。
そのナショナルチームの活動を通じて実現したのが、畑岡奈紗選手との米国合宿です。
畑岡選手といえば、2016年の日本女子オープンでアマチュアとして史上初優勝を果たした、
まさに廣吉優梨菜選手が目指す先を歩んできたレジェンド。
その畑岡選手と10日間ともに過ごした経験は、15歳にとって大きな財産になりました。
「トレーニングも一緒にしたんですけど、360度、動画で撮影してズレをチェックしたり、パターでもスタンス、ボール位置を細かいところまで確認していました。自分に厳しい。こういうことをしているから強いんだなと勉強になりました」
米ツアーで6勝を誇るトッププロの練習への向き合い方を間近で見て、「自分に厳しくあること」の大切さを肌で感じた瞬間でした。
憧れの背中から学んだこの姿勢は、その後の廣吉優梨菜選手のプレーにも確かに生きています。
さらに、宮里藍さんとの出会いも大きな転機となりました。「宮里藍サントリーレディス」への推薦出場という貴重な機会に、廣吉優梨菜選手は思い切って悩みを打ち明けます。
「スコアが伸びないほうで、連続バーディーが出ない」
すると宮里さんからこんな金言が返ってきました。
「試合じゃない時のコースでも、より試合に近い状態で練習するといいよ」
この一言が、廣吉優梨菜選手の意識をガラリと変えます。
実際にその教えを実践した試合では、後半に3連続バーディーを奪取。
「すごくためになりました」と満面の笑みで語る姿からは、レジェンドの言葉がしっかりと心に刺さったことが伝わってきます。
トップ選手たちとの出会いで吸収したものを、自分のゴルフへと着実に落とし込んでいく。
その貪欲な姿勢こそが、廣吉優梨菜選手を急成長させている原動力なのかもしれません。
日本女子オープン2025・本番の戦い
実は、廣吉優梨菜選手の日本女子オープン出場自体、ドラマチックな経緯がありました。
9月に行われた最終予選会では、わずか2打差で通過できずに出場権を逃してしまいます。
しかしその直後、前週のツアーで菅楓華選手が初優勝したことによる資格重複が発生。
その影響で繰り上がりという形で出場権を獲得することになったのです。
さらに、出場が決まる直前まで滋賀国民スポーツ大会に出場しており、終了翌日には兵庫へ移動するという慌ただしいスケジュール。
「こんなにいいところで終われるとは思わなかった」
という本人の言葉が、その驚きをよく物語っています。
そんなバタバタした準備期間をまったく感じさせないのが、廣吉優梨菜選手の凄みです。
初出場のメジャー大会で、いきなり初日67・2日目68・3日目67と、60台のスコアを3日連続で叩き出します。
3日間のパーオン率は全体1位の88.89%を記録。
グリーンを正確にとらえ続けるショットでギャラリーを次々と沸かせ、プロ選手たちをも驚かせる存在感を放ちました。
3日目終了時点では首位と1打差の2位に浮上。
アマチュア史上2人目となる日本女子オープン制覇、そして日本人最年少ツアー優勝という歴史的快挙が、現実のものとして見えてきた瞬間でした。
廣吉優梨菜選手の17番ティーショット。
— もまと (@momato031324) October 4, 2025
トップと1打差で最終日を迎えます。
まだ高校1年生。
とてつもない記録がかかりますが、プロの厚い壁が立ちはだかるか、それとも…#日本女子オープンゴルフ pic.twitter.com/9MlKTBP1Wm
迎えた最終日。前日までとは打って変わって、朝からぱらつく雨がコースを難しくします。
ショットの精度がなかなか上がらず、
「右に行っていたショットが試合中に戻るかなと思ったけど、うまくいかなかった」
と苦しい一日になりました。
それでも1番で8メートルのバーディーパットを沈めて幸先よくスタートし、16番・18番でもバーディーを奪うなど最後まで粘りを見せます。
最終的には通算15アンダーで、首位の堀琴音選手に4打差の3位でフィニッシュ。
ローアマチュアを獲得し、アマチュアが受け取れる上限額の賞金10万円も手にしました。
最終18番でバーディーパットを沈めた瞬間、廣吉優梨菜選手は両手を高く挙げてガッツポーズ。
優勝には届かなくとも、4日間戦い抜いた充実感が全身からあふれ出ていました。
大会を振り返って、本人はこう語っています。
「ショットが良くなかったので苦しい一日だったけど、最終ホールのバーディーは気持ち良かった。体力面もまだまだだなと思うし、精度が落ちた。もったいなかった1打とかたくさんあった。反省しながら次また頑張りたい」
悔しさをしっかりと口にしながらも、その表情はどこか清々しい。
勝てなかった悔しさよりも、この舞台で戦い続けた4日間への手応えと、次への意欲がにじみ出るようでした。
そして最後にこう付け加えた一言が、多くのファンの心を打ちました。
「将来目指すところがハッキリした。いつか女子オープンで優勝したい」
廣吉優梨菜の父母との絆
廣吉優梨菜選手の快進撃の裏には、いつも家族の存在があります。
遠征のたびに欠かせないのが、父・幸雄さんの運転です。
自営業を営む幸雄さんは、娘の試合のたびに仕事を1週間まるごと空けて、全国各地への移動を一手に引き受けています。
関東から試合終了のその日に15時間かけて帰宅したこともあるというから、その献身ぶりには頭が下がります。
「仕事は1週間あけて、行ってダメだったら戻ってまた仕事します。(娘は)一人で行くってできんけん、ずっと一緒に行動するしかない」
レギュラーツアーの移動にかかる費用を少しでも抑えるため、遠征先への長距離運転も厭わない。
そんな父の姿に、廣吉優梨菜選手は感謝と申し訳なさを同時に感じているようです。
「車でどこでも行ってくれるのでありがたいなと思いますし。ああ、申し訳ないなという感じです。でも、成長できているなと感じます」
だからこそ、廣吉優梨菜選手にはこんな目標もあります。
「父の運転を代わってあげられるように、早く運転免許をとること」
大きな夢を語りながらも、こうした親への思いやりが自然と出てくるあたりに、この選手の人柄がにじみ出ていますよね。
ともに過ごす時間が長いからこそ、幸雄さんは娘のわずかな変化も見逃しません。
「違いだけは見よったら本当分かる。今日全然動いていないなとか」と語る幸雄さん。
ゴルフの技術的な指導はコーチに委ねながらも、娘の状態を誰よりも近くで見守り続けています。
時には言い争いになることもあるといいますが、それもまた本気でぶつかり合える親子の証でしょう。
そして、もうひとりの影の立役者がお母さんです。
遠征の移動中に食べる母の手作り弁当が、廣吉優梨菜選手のパワーの源。
「朝起きて、美味しいです。全部食べてます」と笑顔で話す様子は、どこまでも普通の高校生そのものです。
そんな大切なお母さんへの感謝を忘れたこともあったようで——
「母の日、分かんなくて忘れてたから怒られました」
思わず笑ってしまうこのエピソード、でもこういう飾らない一面が、廣吉優梨菜選手をより身近に感じさせてくれます。
技術面はコーチに、心身のサポートは家族に。
そのチームワークがあってこそ、今の廣吉優梨菜選手があるのです。父・幸雄さんはこう語ります。
「優梨菜の成長が自分の幸せ。プロになってほしいというだけではなくて、人として成長してほしい」
ゴルフの結果だけを求めるのではなく、ひとりの人間としての娘の成長を願う父の言葉。
その温かいまなざしに支えられながら、廣吉優梨菜選手はコースの上でも、人としても、着実に成長を続けています。
廣吉優梨菜のまとめ
日本女子オープンという大舞台を経験した廣吉優梨菜選手の目には、今まで以上にクリアな景色が見えているようです。
アマチュアとしての当面の最大目標は、日本女子アマチュアゴルフ選手権の制覇。
「ずっと言っているんですけど、日本女子アマはとりたい。一番目標にしている試合なので、頑張りたい」
と力強く語ります。
そしてその先に見据えるのが、今回の日本女子オープンで改めて強く心に刻んだ夢——「いつか女子オープンで優勝すること」です。
今大会で優勝争いを間近で体験したことで、その夢はより具体的なものになりました。
「優勝を一番間近で見ることができました。目指している場所が分かった」
漠然とした憧れだった場所が、リアルな目標へと変わった瞬間です。
トレーニング、技術、体力——「たくさん課題があるので頑張っていきたい」と自分を律する姿勢は、これからも変わらないでしょう。
さらに視線はもっと遠く、海外にも向いています。
「将来はプロとして海外のツアーに挑戦したい」
という大きな夢を口にする廣吉優梨菜選手。
そのために福岡第一高校では「積極的に英語を勉強したい」と、ゴルフ以外の場でも着々と準備を進めています。
憧れの畑岡奈紗選手が歩んだ道を、自分もいつか——そんな強い意志が伝わってきます。
父・幸雄さんと二人三脚で歩んできた9歳からの日々。
母の手作り弁当をパワーに変えて臨んだ数々の試合。
そして日本女子オープンという大舞台で見せた、15歳らしからぬ度胸と笑顔——。
そのすべてが積み重なって、今の廣吉優梨菜選手をつくっています。
ゴルフ界の新星が、これからどんなドラマを見せてくれるのか。
その歩みから、目が離せません!
