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土田義貴(滋賀学園)はドラフト注目!兄弟もすごい!球速球種や出身中学校は?

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昨年の春、甲子園のグラウンドのすみでボールパーソンを務めていた少年が、わずか1年後にエースナンバー「1」を背負って同じ舞台に戻ってきました。

それが滋賀学園が誇る左腕エース・土田義貴投手です。

中学時代は球速120キロ前後の控え投手。

周囲から「強豪校でやっていくのは難しい」とまで言われた少年が、なぜここまで成長できたのか。

その答えは、への憧れと、積み重ねてきた泥臭い努力の中にあります。

今回は滋賀学園土田義貴投手の歩みを、じっくりご紹介していきます!

※左が土田義貴投手

土田義貴のプロフィール

名前:土田 義貴(つちだ よしき)
生年月日:2008年8月10日
出身:石川県金沢市
身長:174cm
体重:71kg
投打:左投げ左打ち
ポジション:ピッチャー
経歴:金沢市立高尾台中学校→滋賀学園高等学校

土田義貴の兄・土田悠貴

土田義貴投手の野球人生を語る上で、1学年上の兄土田悠貴投手の存在は外せません。

兄の土田悠貴投手最速145キロを誇る右腕で、滋賀学園時代は長崎蓮汰投手(現・ソフトバンク)とともにダブルエースとして活躍!

甲子園には2年夏3年春の2度出場を果たし、特に2024年夏はベスト8進出に貢献するなど、プロのスカウトからも注目されていました。

今春からは日本大学へ進学予定と、まさに華々しい経歴の持ち主です。


土田義貴投手にとって、そんなは「憧れのヒーロー」そのものでした。

石川・金沢市に帰省するたびにキャッチボールの相手を頼み、投球フォームや変化球のコツを貪欲に教えてもらったといいます。

「(甲子園では)お兄ちゃん以上の投球を」という言葉が示すとおり、の背中を追い続けることが、土田義貴投手の成長エンジンになってきたのです。

ちなみに、最速145キロの力でねじ伏せる右投手のに対し、土田義貴投手は技とキレで翻弄するサウスポー

同じ兄弟でもスタイルが真逆なところも、なんとも興味深いですよね!

土田義貴の小中学時代

土田義貴投手小学2年生から地元の伏見台ファイターズ(現・高尾台アストロズ)軟式野球を始めました。

中学進学後は、硬式野球の名門チーム・白山リトルシニアに入部。

全国大会出場経験も豊富なこの強豪チームで、高いレベルの競争にもまれる日々を送ります。

しかし、当時の土田義貴投手は今とはかなり違う姿でした。

まず体の成長が兄に比べてゆっくりで、中学2年生の夏の時点で身長は160センチ前半。

球速も中学3年生になってようやく120キロ前後という状況でした。

当時のトップ中学生が130〜140キロ近くを投げることを考えると、決して突出した数字ではありません。

白山シニアでの立場も控え投手で、脚光を浴びる機会は限られていました。

滋賀学園への進学を希望した時にも、周囲からは「強豪の滋賀学園に進むのは厳しい」という声も上がるほどでしたが、土田義貴投手はその評価に真正面から抗います。

球速が出ない時期に力だけを追い求めるのではなく、左腕特有の角度やキレを磨くことに注力したのです。

この「工夫して抑える」姿勢こそが、後の精密なピッチングスタイルの原点になっていきます。

土田義貴の高校時代

満を持して入学した滋賀学園でも、最初からすんなりとはいきませんでした。

兄たちの活躍で掴んだ2025年春センバツ

甲子園のグラウンドに立ったとはいえ、土田義貴投手の役割はボールパーソン、つまりファウルボールの回収や審判へのボール手渡しという裏方でした。

目の前で兄・土田悠貴投手が快投を演じるのを間近で見ながら、
「同じ球場にいるのに遠かった。次は自分が…」
と誓ったといいます。

この悔しさが、その後の猛練習への火種となりました。

2年夏背番号19でベンチ入りを果すと、力強いストレートで存在感を示します。

3回戦の膳所戦では兄弟リレーも実現していましたね。


そして2年生の秋、ついに背番号1を手にします。

しかし試練は続きます。

秋の県大会中に腰を痛め、満足のいく投球ができない時期が続きました。

「負けたら絶対にセンバツに出られない」というプレッシャーの中で迎えた近畿大会準々決勝近江戦

腰の痛みを抱えながらも懸命に腕を振り続けた土田義貴投手は、見事1失点完投という快投でチームのセンバツ出場を確実なものにしました。

続く準決勝・智弁学園戦ではリリーフに回り、4失点(自責点3)。

「今まで対戦したバッターの中で一番振りが強かった。圧倒された」と全国レベルの壁を感じ、
「真っすぐを磨き、どの球種でもストライクが取れるように、この冬がんばりたい」
と成長を誓っていました。

土田義貴のプレースタイル

土田義貴投手の最大の魅力は、スピードだけに頼らない「キレと技のピッチングです。


最速136キロストレートは、初速と終速の差が小さく、打者の手元でグッと伸びてくるような感覚を与えます。

数字以上の威力を感じさせるのは、中学時代から磨き続けた「ボールのキレ」があるからでしょう。

そこに組み合わさるのが、カーブチェンジアップスライダーなどの多彩な変化球です。

これらは主に兄・土田悠貴投手から伝授されたもので、バッターをいかに打ち取るかという「配球の読み」まで徹底的に叩き込まれています。

昨秋の公式戦では37回1/3を投げて28奪三振、防御率1.45という安定した成績を残しており、その完成度の高さが数字にも表れています。

また左腕特有のボールの出所が見えにくいフォームも大きな武器。

内角を果敢に突く強気の投球スタイルと相まって、どのレベルの打者に対しても堂々と勝負できるマウンド度胸を持っています。

土田義貴のまとめ

中学時代は球速120キロ前後の控え投手。

の陰に隠れ、強豪への進学さえ疑問視された少年が、エースとして甲子園のマウンドに立つまでの成長を見せています。

1年前にボールパーソンとして見上げたあのマウンドへ、背番号1を背負って立つ。

そんなドラマチックな軌跡を持つ土田義貴投手の投球にぜひ注目して応援してみてください!