バレーボール

岩田怜緯(東山)のwiki風経歴!出身小学校や中学校は?身長や最高到達点は?

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春高バレーの舞台で、ひときわ存在感を放つ選手がいます。

それが、東山高校2年生エース岩田怜緯選手です。

最高到達点340センチから放たれるスパイク。

流れを一気に引き寄せるサーブ。

そして「エースの覚悟」を口にする強いメンタル。

中学時代から全国の舞台を知り、世代別日本代表主将も経験。

なぜ岩田怜緯選手は、ここまで注目される存在になったのでしょうか。

その歩みを、小学時代から振り返っていきます。

岩田怜緯のプロフィール

名前:岩田 怜緯(いわた れい)
生年月日:2008年5月26日
出身:新潟県新潟市
身長:189cm
ポジション:アウトサイドヒッター
家族:父、母、妹
経歴:新潟市立亀田小学校→新潟市立中之口中学校→東山高等学校

岩田怜緯の小学中学時代

岩田怜緯選手2008年5月26日生まれ新潟県新潟市の出身です。

バレーボールを始めたのは、小学2年生の頃でした。

最初に所属したのは横越ジュニア

その後、小学5年生で全国屈指の強豪として知られる中之口ジュニアへ移籍します。

「もっとうまくなりたい」という、純粋な向上心からの決断でした。

中学は新潟市立中之口中学校へ進学。

2年時には全日本中学校選手権ベスト16を経験します。

そして3年生になると、一気に才能が開花しました。

全国中学選手権ではチームを初優勝へ導き、JOCジュニアオリンピックカップ全国都道府県対抗大会では最優秀選手に選出。

名実ともに「世代トップクラス」の存在となります。

さらにU16日本代表に選ばれ、アジアU16選手権では主将を任されました。

1学年上の選手(高校1年生)がいる中での主将

この経験が、岩田怜緯選手の精神面を大きく成長させました。

岩田怜緯の高校時代

数多くの強豪校から声がかかる中、中学卒業後の進路として岩田怜緯選手が選んだのが東山高校です。

理由は明確でした。

「速いコンビバレーが好き。ここなら、もっと成長できると思った」

全国高校総体優勝、春高バレー優勝の実績を持つ東山高校

入学直後から岩田怜緯選手は主力として起用され、1年生ながら全国の舞台を経験します。

そして2年生となった現在、完全にチームのエースへ。

春高バレー初戦では、サービスエースを含む5連続得点で試合の流れを支配しました。

最高到達点は中学時代の335センチから340センチへ。

高さだけでなく、勝負どころで託される信頼も手にしています。

岩田怜緯のプレースタイル

岩田怜緯選手の最大の武器は、決定力の高さです。

高い打点からの強打はもちろん、ブロックアウトやコース打ちも非常に巧み。

それに加えて評価されているのが、クレバーさ。

状況を冷静に判断し、「どうやって1点を取るか」を常に考えています。

指導者からは
「このサイズで、ここまで頭を使える選手は貴重」
と評されるほどです。

本人は石川祐希選手を理想像に掲げ、
「将来は海外でプレーしたい」
とも語っています。

一方で課題も自覚しています。

それが守備力とサーブレシーブ。

東山高校の豊田充浩監督からも
「もう一段階上げないと日の丸は見えない」
と指摘されています。

課題を理解し、努力を惜しまない姿勢。

これもまた、岩田怜緯選手が伸び続ける理由でしょう。

岩田怜緯のまとめ

岩田怜緯選手は、小学時代から全国を見据え、中学で日本一を経験し、高校では名門・東山のエースを任される存在です。

派手なプレーだけでなく、覚悟を口にし、責任を背負う姿勢が印象的です。

「最後は自分がチームを勝たせたい」

その言葉どおり、岩田怜緯選手は勝負の中心に立ち続けています。

春高、そしてその先へ。

次世代日本代表を担う存在として、今後も目が離せません!


岩田怜緯選手ライバル・鎮西高校の一ノ瀬漣選手についてはこちらを→一ノ瀬漣のwiki風経歴!家族や出身中学は?最高到達点は?