バレーボール

萩原千尋(バレー)がかわいい!姉や出身小学校は?進路は大学進学?

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春高バレー、そしてインターハイ。

全国の大舞台で「福岡女学院」の名を一気に押し上げた中心人物がいます。

それが、主将セッター萩原千尋選手です。

巧みなトスワークと冷静な判断力。

さらにキャプテンとしてチームを束ねる姿が、多くのバレーファンの注目を集めています。

なぜ彼女はここまで成長できたのか。

その答えは、小学生時代から積み重ねてきた経験にありました。

萩原千尋のプロフィール

名前:萩原 千尋(はぎわら ちひろ)
生年月日:2007年10月3日
出身:宮崎県
身長:170cm
最高到達点:286cm
ポジション:セッター
経歴:宮崎市立高岡小学校→福岡女学院中学校→福岡女学院高等学校

萩原千尋の姉

萩原千尋選手の成長を語るうえで欠かせない存在が、1学年上の姉萩原菜摘(なつみ)さんです。

菜摘さんバレーボール経験者で、ポジションはセッター

萩原千尋選手は小学生時代から、常にの背中を追いかけてプレーしていました。

中学・高校でも同じチームでプレーし、全国大会にも出場しています。

萩原千尋の小学中学時代

萩原千尋選手宮崎市立高岡小学校の出身です。

元バレーボール日本代表の木村沙織さんに憧れ、小学校1年生から宮崎県西都市の「都於郡(とのこおり)スポーツ少年団」でバレーボールを始めています。

当時はセッターではなく、アタッカー。

思い切りの良いスパイクが武器だったそうです。

その後、中高一貫校である福岡女学院中に進学。

ここで、競技人生の大きな転機を迎えます。

ポジションはセッターへ。

視野の広さと判断力が評価され、司令塔を任されました。

中学3年時には、全国中学校大会(全中)3位入賞

福岡県選抜として出場した全国都道府県対抗中学大会でも3位に輝いています。

全国レベルを肌で感じたこの経験が、後の成長につながっていきました。

萩原千尋の高校時代

福岡女学院高校に進学後、萩原千尋選手は一気に頭角を現します。

1年生ながらインターハイ春高バレーに出場。

全国大会の空気を早くから知ることができました。

しかし、順風満帆ではありません。

1年時のインターハイでは、キャッチやダブルコンタクトを取られ苦しんだ場面もあります。

それでも逃げませんでした。

トスのフォームを見直し、体全体を使ったセットを徹底的に磨き上げます。

その努力が実を結んだのが3年生のシーズン。

主将に就任し、チームの中心として君臨しました。

九州大会では初優勝2度達成

インターハイでは、強豪校を次々と撃破し、準優勝という歴史的快挙を成し遂げます。

萩原千尋のプレースタイル

萩原千尋選手の最大の武器は、配球の幅広さです。

相手ブロックを迷わせるトス回しは、全国トップレベルと言えるでしょう。

また、強気な性格でありながら、周囲の声に耳を傾けられる柔軟さも魅力です。

失敗を成長の糧にできる選手でもあります。

キャプテンとしては、
「勝つのが当たり前」
という意識をチーム全体に浸透させました。

ちなみに名前の「千尋(ちひろ)」には「千人を受け止められるぐらい、心の広い人に」との意味があります。

萩原千尋の進路

高校3年生となり、気になるのが萩原千尋選手進路です。

全国トップレベルのセッターだけに、注目が集まるのも当然でしょう。

現時点では、大学進学が有力と見られています。

ただし、具体的な大学名までは公表されていません。

インターハイ準優勝、九州大会優勝という実績。

さらに主将としてチームを率いた経験を考えれば、バレーボールの強豪大学から声がかかっていても不思議ではありません。

正式な進路発表があり次第、改めて追記させていただきますね。

萩原千尋のまとめ

福岡女学院高校の躍進の中心には、常に萩原千尋選手の存在がありました。

姉と始めたバレーボール。

全国3位の中学時代。

そして、インターハイ準優勝の高校時代。

すべての経験が、今の司令塔を形作っています。

春高バレーで目指すのは、日本一。

その挑戦から、まだ目が離せません!