追記:社会人野球・日本通運へ進みました。
立正大学のドラフト候補・釘宮光希投手。
最速150km/hのストレートで押していく、強気の投球が持ち味の本格派のピッチャーです。
中学時代には、日本一&世界3位になり、そのころから逸材だと注目を集めていました。
名前:釘宮光希(くぎみや こうき)
生年月日:1996年6月16日
出身:大阪府枚方市
身長:175cm
体重:75kg
投打:右投げ右打ち
ポジション:ピッチャー
経歴:枚方市立杉中学校→日大三高校→立正大学
釘宮投手は、小学生の時に野球を始めました。
〇中学時代
中学時代は、「オール枚方ボーイズ」に所属。
2年夏には、1学年上の葛川知哉投手(大阪桐蔭→青山学院大→トヨタ自動車)らを差し置いて、エース格として活躍。
ジャイアンツカップを制し、日本一に輝きました。
さらに3年夏には日本代表に選ばれ、「AA世界野球選手権」で銅メダルを獲得しています。
〇日大三高
中学3年生の時に、数多くの高校からスカウトを受けましたが、
「強いところに行きたい」
と、中学3年の夏に日本一となった、東京の日大三高に進学します。
高校では1年夏から控えとしてベンチ入り。
2年夏には西東京都大会を制し、甲子園出場に貢献します。
甲子園では、初戦の日大山形戦でリリーフとして登板。
投げたのは、打者2人にだけでしたが、球速は140km/hを記録し、0点に抑えました。
3年春の東京都大会にエースの座を獲得。
3年夏の西東京都大会は、準決勝で東海大菅生に敗れ、ベスト4止まりに終わりました。
〇立正大学
高校卒業時には、プロ志望届を提出せず、立正大学に進学。
1年秋のリーグ戦から登板しています。
5試合に投げ、1勝も上げました。
○故障&リハビリ
しかし、その後、右肩の関節を痛めて、投げられない時期が長く続きます。
本人も
「もう投げられないかもしれない」
とまで思ったと言います。
様々なリハビリを試しますが一向に良くなりませんでしたが、意外とも思える方法で肩痛が回復します。
それは、「腕立て伏せ」。
「いろんな病院や治療院に行っても良くならなかった時に行った接骨院で、”騙されたと思ってやってみな”と勧められたのが腕立て伏せでした。
そこで、少しもう投げやりにもなっていたので、ひたすら1日500回くらい腕立て伏せをやったんです(笑)
そしたら投げられるようになりました。肩甲骨の安定性が高まったことが要因みたいです」
この話を聞いて、私は、江夏豊さんという大投手が、大昔、右肘を故障した時に、当時南海ホークスの監督だった野村克也さんが、「腕立て伏せ」をさせて、肘痛を克服させたという話を思い出しました。
江夏さんの場合、肩ではなく肘でしたが。
現代の最新の治療法よりも、昔ながらの「腕立て伏せ」の方が効果的なことがあるんですね!
驚きです。
『退部』というキーワードでよく検索されているようですが、この投げられなかった時期があったためと思われます。
〇復帰後
約1年半の投げられない時期を乗り越え、大学3年の春のリーグ戦から、再びマウンドに立っています。
復活してすぐ、2部リーグながら4勝0敗、リーグトップの防御率0.95で優勝に貢献。
入替戦でも勝ち星をあげて、チームを1部に昇格させます。
3年秋のリーグ戦でも4勝2敗という成績を挙げ、チームは同率2位に貢献しました。
なお、大学のチームメイトには、同じく今年のドラフト候補の鈴木友也投手がいます。
○プレースタイル
最速150km/hの本格派ピッチャーです。
変化球は、スライダー、カットボール、カーブ。
○スカウトの評価
ヤクルト・橿渕聡スカウトグループデスク
「リーグ戦での投球に期待したい」
「やるからにはプロを目指していきたいです」
という釘宮投手。
最終学年の今年は、再び故障することなく、納得のできる成績を残してプロへ進んでほしいですね。
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