野球

中井哲之(広陵野球部監督)の結婚した嫁や息子は?金本との関係は?

広陵高校野球部中井哲之監督

2022年春の時点で、チームを春11回夏8回甲子園に導いている名監督です。

1991年2003年センバツでは日本一も達成しています。

今回はそんな中井哲之監督息子などについてまとめてみました。

中井哲之のプロフィール

名前:中井 哲之(なかい てつゆき)
生年月日:1962年7月6日
出身:広島県廿日市市
経歴:広陵高校→大阪商業大学

中井哲之の現役時代

中井哲之監督広陵高校の出身です。

現役時代のポジションは内野手

甲子園には3年春2回出場し、ベスト8、夏ベスト4まで進んでいます。

高校卒業後は大阪商業大学に進学し、野球を続けていました。

中井哲之の指導者時代

大学卒業後は広陵高校野球部コーチを経て、1990年4月に監督に就任します。

当時の広陵高校は永らく低迷が続いていましたが、
厳しい上下関係で有名だった野球部の改革に成功し、
就任1年目の1991年春センバツでは65年ぶりの優勝に導きました。


甲子園には計春11回夏8回出場

2003年春には白濱裕太選手(広島)、西村健太朗さん(元巨人)、上本博紀さん(元阪神)らを擁して2度目全国制覇を達成しています。

中井哲之の嫁

中井哲之監督奥さんの名前は由美さんと言います。

2人の出会いは中井哲之監督広陵高校監督になって1年目の夏です。

当時、リポーターをされていた由美さんが、広島県大会で敗れた中井哲之監督のインタビューにきましたが、
中井哲之監督は悔しさで、泣いて、取材になりませんでした。

すると、翌日、由美さんから学校に大量のクッキーが届きます。

中井哲之監督がお礼の電話をすると
「私たちはこれが仕事なんです。一番感情があふれているときに聞くのが仕事なので、そういう人間なわけではないんです」
と、由美さんは話されてたそうです。

中井哲之監督はなんて真っ直ぐな人だろう、と感激し、そこから交際が始まりました。

現在、由美さんは中井哲之監督とともに野球部の寮に住み、100人前後の部員たちの寮母をされています。

選手たちは由美さんのことを本当のお母さんのように慕っているそうです。

中井監督が父親役ならば、100名を超える”子どもたち”の食事や身の回りのことなどを毎日サポートしている妻の由美さんは母親役だ。そんな由美さんについて、中井監督は「バレンタインデーの時は女房が部員の人数分のチョコレートを用意してきてね。上級生には少し高めなのを買ってきて、メッセージまで書いているんです」と、きめ細かな心配りを誇らしげに話す。子どもの日にはシュークリーム、クリスマスにはケーキを用意し、選手個々の誕生日にもお祝いをするという。チームというよりも家族。学校内にある寮も、選手たちが帰る“家”のような温かい空気に包まれている。

ヤキュイク

中井哲之の息子

中井哲之監督子供息子二人です。

息子の中井惇一さんは現在、広陵高校野球部コーチをされています。

中井惇一さんも広陵高校出身で、同期には佐野恵太選手(現横浜DeNA)がいました。

3年時には主将を務め、とともに甲子園を目指しましたが、出場は叶わず。

高校卒業後は、中京大学を経て、保健体育の常勤講師として広陵高校に戻ってきました。

就任1年目の2017年の夏にはともに甲子園に出場を果たしています。


将来はの跡を継ぎ、広陵高校監督になるかもしれませんね

中井哲之と金本知憲との関係

中井哲之監督はこれまで多くのプロ野球選手を育て上げてきました。

中井哲之監督の教え子の中で最初にプロ野球選手になったの阪神の監督も務めた金本知憲さんです。

中井哲之監督がまだ広陵高校のコーチだった頃に、指導を受けた金本知憲さんは、中井哲之監督に絶大な信頼を寄せており、
中井哲之監督のために母校でノーギャラで講演をしたり、阪神監督時代にはキャンプで使用したボールを寄付したりしてくれています。

また、中井哲之監督も金本知憲さんについて
「学生の時と今の笑顔が全く変わらない。人は地位や立場が変わると人間が変わる人がすごく多いけど彼はそれがない。電話にしても、留守電に必ず言葉を残す。人の上に立つ彼がそういうことが出来る。そこが一番素晴らしい」
と話されています。

師弟関係を超えたいい関係を築いているみたいですね。

中井哲之のまとめ

高校野球界では古くから「春の広陵、夏の広商」と言われてきています。

中井哲之監督甲子園を制したのもいずれも春のセンバツです。

そろそろセンバツ3回目の優勝をしそうな頃ではないでしょうか。


甲子園優勝を狙える2022年の広陵高校メンバーについてはこちらを→広陵野球部メンバー2022!出身中学や監督は?ドラフト注目選手は?