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黒川怜遠(星稜)はドラフト注目!父兄がすごい!出身中学や進路は?

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星稜高校ドラフト候補黒川怜遠選手

「黒川怜遠」名前の読み方“くろかわ れおん”

東北楽天・黒川史陽選手のである黒川怜遠選手は、野球センスに優れ、内外野守れるユーテリティーな選手です。

また、黒川怜遠選手に黒川史陽選手以外にお兄さんがもう一人いて、そのお兄さん甲子園に出場しています。

さらに、お父さん上宮高校時代には主将として甲子園優勝を達成しているとのこと。

すごい野球一家ですね!

黒川怜遠のプロフィール

名前:黒川 怜遠(くろかわ れおん)
生年月日:2004年1月19日
出身:奈良県北葛城郡
身長:170cm
体重:72kg
投打:左投げ左打ち
ポジション:ファースト兼レフト兼ライト
経歴:河合町立河合第一小学校→河合町立河合第一中学校→星稜高校

黒川怜遠の父

黒川怜遠選手の父・黒川洋行さんも若い頃、野球をされていました。

大阪の上宮高校時代には1年秋からレギュラーとして活躍し、
1学年上の黒田博樹さん(元広島)や筒井壮さん(元阪神)らと一緒にプレー。

主将として出場した1993年春センバツでは日本一を達成しています。


高校卒業後は、同志社大学を経て、ミキハウスセガサミーでプレー。

現在は奈良県北葛城郡王寺町で、全天候型ドーム式バッティングセンター「王寺ドームスタジアム」を経営されています。

黒川怜遠の兄

黒川怜遠選手3人兄弟の末っ子です。

黒川怜遠選手5学年上の兄・黒川大雅(たいが)選手は、日南学園時代3年春甲子園出場!

九州共立大学を卒業後、現在はミキハウスでプレーしています。

また、黒川怜遠選手2学年上の兄プロ野球選手の黒川史陽(ふみや)選手です。

黒川史陽選手は智辯和歌山時代には甲子園5期連続出場!

2019年ドラフト2位東北楽天に入団しています。

 
 
 
 
 
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左から黒川大雅選手、黒川怜遠選手、黒川史陽選手

黒川怜遠の小中学時代

黒川怜遠選手小学1年生から河合フレンズ野球を始めました。

中学時代は泉州阪堺ボーイズに所属。

3年春には主力として、全国大会ベスト8入りを経験しています。

黒川怜遠の高校時代

中学卒業後は、石川県にある星稜高校進学します。

星稜高校黒川怜遠選手1年生甲子園に出場。

3回戦では黒川怜遠選手の兄・黒川史陽選手のいる智辯和歌山と対戦し、延長14回4対1サヨナラ勝利しています。

ただし、この時、黒川怜遠選手はまだベンチ外で、アルプスタンドから応援でした。


黒川怜遠選手ベンチ入りするようになったのは1年秋からです。

1年秋石川県大会背番号17でメンバー入りすると、公式戦デビュー打席でタイムリーツーベースを放つなど、2打数2安打と結果を残しています。

しかし、10月左肘を手術して、続く北信越大会神宮大会メンバー外。

チームが出場を決めていた2年春のセンバツ背番号15ベンチ入りが予定されていましたが、
大会そのものが新型コロナウイルスの影響中止となってしまいました。

その後、3年夏甲子園交流試合出場なし

3年秋にはファーストレギュラーとして、石川県大会優勝北信越大会ベスト4を経験しています。


星稜高校の同期のチームメイトには出村夢太選手、中田達也選手らがいます。

出村夢太選手についてこちらを→出村夢太(星稜)はドラフト注目のショート!中学時代や身長体重は?進路は?

黒川怜遠の進路

黒川怜遠選手はまだ高校卒業後の進路に関しては明らかにされていません。

現時点では大学進学が有力と見られています。

※追記 高校卒業後は日本体育大学に進学!

黒川怜遠のまとめ

チームは1年夏、2年春(中止)、2年夏(甲子園交流試合)と甲子園に出場していますが、黒川怜遠選手自身はまだ甲子園の舞台に立てていません。

高校最後の夏こそは甲子園出場を果たしてほしいですね!

そして、できれば、に続いての甲子園優勝も成し遂げてほしいものですね!