陸上

榎木和貴(創価大監督)は学会員なの?中央大学での成績記録は?結婚した嫁や息子は?

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創価大学駅伝部榎木和貴さん。

中央大学時代には箱根駅伝4年連続区間賞を記録しているものすごい選手でした。

2019年2月創価大学駅伝部監督任すると、
監督としても手腕を発揮し、わずか2年箱根駅伝初の往路優勝&総合2位を達成しています。

よく“名選手は必ずしも名監督にあらず”と言われますが、榎木和貴さんには当てはまらないみたいですね!

榎木和貴のプロフィール

名前:榎木 和貴(えのき かずたか)
生年月日:1974年6月7日
出身:宮崎県宮崎市
身長:176cm
体重:57kg(現役当時の体重)
経歴:日南市立吾田中学校→宮崎県立小林高校→中央大学→旭化成→沖電気→トヨタ紡織→創価大学

榎木和貴の小中学時代

榎木和貴さんお父さんが警察官だった関係で、幼い頃は宮崎市、都城市、高千穂町、日南市、高崎町と転々としていました。

小学生6年生まで剣道をされていて、県大会では常に入賞する程の腕前だったそうです。

剣道の練習の一環として毎日2kmを走っていたことが、その後、陸上に目覚めるきっかけとなりました。

榎木和貴さん中学入学後に陸上部顧問の熱烈なオファーを受け、陸上を始めます。

全国中体連陸上大会には3年連続で出場!

中学2年生の時にはエースとして、九州中学校駅伝競争大会に初出場&初優勝という快挙を成し遂げています。

榎木和貴の高校時代

中学卒業後は小林高校に進学します。

小林高校全国高校駅伝大会52回も出場している駅伝の超強豪校です。

そんな超強豪校の中で、榎木和貴さん1年生からレギュラーを獲得します。

全国高校駅伝大会には3年連続で出場!

そのうち2回全国3位という好成績を収めていました。

榎木和貴の大学時代

高校卒業後は、小林高校の冨永博文監督の母校である中央大学に進学。

箱根駅伝は4年連続出場し、4年連続区間賞という凄すぎる成績を残をしています。

4年連続区間賞というのは、100回ちかい歴史を誇る箱根駅伝においてわずか8人しか達成していない大記録です。

3年時には箱根駅伝総合優勝も経験。

4年時にはキャプテンも務めていました。



榎木和貴の実業団時代と指導者時代

大学卒業後は旭化成に入社。

入社3年目別府大分毎日マラソンでは優勝を達成しています。

しかし、この頃から大学時代から抱えていた坐骨神経痛が再発し、なかなか満足できる走りができなくなります。

そして、29歳の時に、旭化成退社。

その後は、高校の先輩の谷口浩美さんが監督をしていた沖電気女子チームコーチをしながら、一人で競技を続けていましたが、3年後引退しています。

2007年からトヨタ紡織陸上部コーチを務めた後、
2011年からは監督として指揮を執っていました。

2019年2月より創価大学駅伝部監督に就任しています。

榎木和貴の嫁と息子

榎木和貴さん結婚されているのか、また、奥さん子供がいるのか、についてはわかっていません。

よく「榎木和貴 息子」で検索されている人が多いようですが、
これは以前、雑誌のインタビューで、創価大学陸上部選手とのコミュニケーションについて聞かれ
「自分の子供くらいの歳の差なので」
と答えていたからだと思われます。

“この子供くらい”というのは単に一般的なことを言っているのか、実際に大学生の子供がいるのか、どっちなんでしょうね?

榎木和貴さん結婚奥さん子供については何か情報が見つかりましたら、追記しますね。

榎木和貴は創価学会員なの?

その他、榎木和貴さんについて、よく検索されているのが「榎木和貴 学会員」です。

創価大学監督をされているということで、やはり、榎木和貴さん創価学会会員なのでは?と思われる人が多いですね。

榎木和貴さん創価学会会員なのかはわかっていませんが、
最近では創価大学選手の中にも創価学会会員は少ないのようなので、榎木和貴さん創価学会会員ではある可能性は低い気がします。

創価大学 駅伝
個人的には”日本には信仰の自由”があるので、たとえ榎木和貴さん創価学会員であっても全く問題ないと思いますね。

榎木和貴のまとめ

2021年箱根駅伝では惜しくも総合優勝を逃した榎木和貴さん率いる創価大学。

初の総合優勝は来年以降に持ち越しになってしましたたが、今後、ますます注目度が上がっていくことでしょう。

総合優勝を達成する日もそんなに遠くないと思いますね!