「野球を辞めてIT企業に就職した24歳が、突然メジャーリーグのカブスとマイナー契約を結んだ」——そんな驚きのニュースが2025年6月1日、野球ファンの間を駆け巡りました。
その主人公は、立教大学出身の三河吉平投手です。
大学卒業後、プロへの夢を諦めてサイバーエージェントに就職。
“サラリーマン投手”として社会人生活を送っていた三河吉平投手が、わずか約1年で脱サラし、最速156キロの直球を引っ提げてMLBへの扉をこじ開けたのです。
「野球以外のキャリアを持ったことで、改めて自分が本当に人生を賭けたいのは野球なんだと気づけました」
そう語る三河吉平投手の言葉には、遠回りに見えた社会人経験を経てたどり着いた、揺るぎない確信が宿っています。
なぜ一度引退した投手がメジャー球団の目に留まったのか。
サイバーエージェントでの経験はどう活きたのか。
そして、目標に掲げる「170キロ」への道筋とは——。
三河吉平投手の異例すぎるMLB挑戦の全貌を、徹底的に紐解いていきます。
本日2日の東京最終版1面⚾️「ABEMA(アベマ)」などのメディア事業で知られるサイバーエージェント出身の三河吉平投手が米大リーグ、カブスとマイナー契約🇺🇸詳しくはニッカンで📰#三河吉平 #カブス #サイバーエージェント #立大 #春日部共栄 pic.twitter.com/lyDibYHhMq
— 日刊スポーツSHOP (@1048055tokyo) June 2, 2026
〜もくじ〜
三河吉平のプロフィールと経歴
三河吉平投手がどんな選手なのか、まずは生い立ちから大学卒業までの歩みを振り返ってみましょう。
華やかな実績とは縁遠い、むしろ挫折と葛藤に彩られたキャリアだからこそ、今回のMLB挑戦がより一層輝いて見えてきます。
川崎出身・春日部共栄で磨いた149キロの右腕
三河吉平投手は2002年4月2日、神奈川県川崎市生まれ。
野球との出会いは小学生時代で、「リトルグリーンズ」でプレーを始めました。
その才能はすぐに頭角を現し、小学6年生のときにはあの読売ジャイアンツジュニアに選出されるほどの逸材でした。
中学では東京城南ボーイズに所属し、卒業後は野球の強豪校・春日部共栄高校(埼玉)へ進学します。
春日部共栄では、実は最初から投手だったわけではありません。
入学当初は外野手としてプレーし、1年時はベンチ外という悔しいスタートを切りました。
転機が訪れたのは2年秋。
投手に転向すると、いきなり140キロ後半の速球を投げてみせたのです。
しかし順風満帆とはいかず、3年春前には結果が出ずに再び外野手への転向を申し出る場面も。
それを引き止めた監督のもとでメンタル強化に取り組み、コントロールが安定していきます。
そして3年夏には、花咲徳栄を相手に好投を見せるまでに成長!
最終的に最速149キロ右腕として注目を集め、名門・立教大学への進学を果たしました。
立教大では4年間でわずか3試合登板
華々しい期待を背負って進んだ立教大学でしたが、東京六大学の壁は想像以上に高いものでした。
三河吉平投手が東京六大学リーグ戦に初登板を果たしたのは、3年生の2023年秋。
4年間の通算登板数はわずか3試合、防御率は40.50という数字が残っています。
試合に投げれば打ち込まれ、合計1回1/3を投げて被安打3、与四球8、失点7(自責点6)という内容でした。
何がそこまで三河吉平投手を苦しめたのか。
本人はこう振り返っています。
「本当に投げ方がわからなくなってしまった。プロになるために一番大事なシーズンだったので、ここでなんとかしなきゃという考えが強すぎた」
高校時代に149キロを誇っていた速球は見る影もなく、
「ストライクも入らないし、球速も全然出なくて。何がなんだかわからなかった」
という状態に陥ってしまいます。
いわばイップスに近い感覚で、自分の投球フォームを完全に見失っていたのです。
そして迎えた4年秋のリーグ戦。
投手リーダーを任され「チームの中心として頑張ってほしい」という期待を背負って登板するも、1アウトも取れないまま5失点で降板という、苦い結末を迎えました。
「現実的にプロにはなれない。プロになれないのであれば、きっぱり野球は離れよう」
そう決断した三河吉平投手は、就職活動へと舵を切ることになります。
【お疲れ様でした✨】
— BIG6.TV (@big6_tv) January 10, 2025
立大 #三河吉平(④春日部共栄)
▼大学通算
3試合 防御率40.50 1奪三振#big6tv #六大学野球 #立教 #春日部共栄 pic.twitter.com/kdjlsQ59a5
サイバーエージェント入社と野球引退の決断
野球への区切りをつけた三河吉平投手が次に目指したのは、「プロ野球選手と同じぐらいすごいビジネスマン」になること。
新たな舞台として選んだのが、「ABEMA」などのメディア事業で知られるIT企業・サイバーエージェントでした。
ここでは、社会人としての成長の日々と、それでも消えなかった野球への未練について見ていきます。
IT企業でゼロから積んだビジネスマン修行
サイバーエージェントに入社した当初の三河吉平投手は、パソコン作業もままならない状態でした。
キーボードを人差し指で打つところからのスタートです。
野球一筋で生きてきた青年が、ビジネスの世界でゼロから出発した瞬間でした。
しかし、持ち前の負けん気と野球で培ったメンタルを武器に、周囲に積極的にアドバイスを求めながら日々成長していきます。
広告営業の仕事を通じて鍛えられたのが、「なぜいいのかをお客さんに分かってもらう」ための言語化力と論理的思考。
この経験が、後の投球改善にも大きく活きてくることになります。
また、仕事と並行して毎朝5時に起きてジムへ向かう生活も続けていました。
「野球うんぬん関係なく、規則正しい生活をして、いいコンディションで仕事をすることで、いい結果が出るだろうと考えた」
という三河吉平投手。
しかし今振り返ると、この朝のトレーニング習慣こそ、アスリートとしての未練が消えていなかった証だったと語っています。
Abema野球部が野球への未練を呼び起こした
入社後しばらくは、野球に一切触れない生活を送っていた三河吉平投手。
ところが、思わぬきっかけがその距離を縮めることになります。
以前に日刊スポーツが掲載した「サイバーエージェントに入社する進路記事」が社内で話題になり、「立教の野球部からすごいやつがウチに入社してくる」とAbema野球部から声がかかったのです。
野球にはもう触れたくないと思っていた三河吉平投手でしたが、触れざるを得ない環境に自然と引き込まれていきました。
Abema野球部は、2週間に1度あるかないかのペースで活動する、初心者も多い軟球チームです。
ガチガチの競技野球とは程遠い、楽しいサークル活動のような雰囲気でした。
それでも、ボールを握るたびに何かがくすぶり続けていたのだと三河吉平投手は言います。
「毎朝5時ぐらいに起きてジムに行って筋トレをしていたんですよ。今振り返ると、多分、アスリート、野球選手としての未練があったんだろうな」
プロを諦めたはずなのに、体はずっと”準備”を続けていた——。
その無意識の行動が、やがて運命的な再起動へとつながっていきます。
現役復帰を決めた昨年末の転機
「もう1回野球に挑戦しよう」——その決断が生まれたのは、2025年の年末のことでした。
サイバーエージェントで着実にビジネスマンとして成長しながらも、心の奥でくすぶり続けていた三河吉平投手の野球への情熱が、ある再会をきっかけに一気に燃え上がります。
ここでは、現役復帰を決意するまでの経緯と、会社員を続けながら挑んだ驚異のトレーニング期間を振り返ります。
1年ぶり硬球で147〜148キロ!北川トレーナーの誘い
転機をもたらしたのは、野球専門のトレーニング施設「DIMENSIONING」を率いる北川雄介トレーナーからの一本の連絡でした。
北川トレーナーは大学時代から三河吉平投手をよく知る人物で、
「ポテンシャルとしてはドラフト1位を狙える選手だった。球速が出やすい骨格をしているし、吸収力が高かった」
とその才能を高く評価していたひとりです。
「1回投げに来なよ」
その一言に背中を押され、三河吉平投手はおよそ1年ぶりに硬球を手にします。
これだけの空白期間があれば、まともなボールが投げられなくても不思議ではありません。
ところが実際に投じてみると、147〜148キロが自然に出たのです。
「そこまで多くトレーニングを積んでなかった中でも147〜8キロ出た。自然な投げ方ができていて、シンプルに気持ちよく手が振れた。もう一回挑戦したら、MLB、NPBを目指せるレベルにいけるんじゃないかなと思った」
この瞬間の感覚が、三河吉平投手の中で眠っていた競技者の本能を呼び覚ましました。
投球を目の当たりにした北川トレーナーも、アメリカの野球指導施設「トレッド」の事例を引き合いに出しながらMLBへの挑戦を強く勧めます。
「いけるんじゃないか」という直感は、確かな手応えへと変わっていきました。
仕事を続けながら土日のみの実戦トレーニング
とはいえ三河吉平投手はまだ現役のサイバーエージェント社員。
平日は週5日フルタイムで働きながら、週末の土日だけ「DIMENSIONING」に通うという生活が始まりました。
大学時代に比べれば、野球に割ける時間は圧倒的に少ない環境です。
それでも三河吉平投手は
「リスクを取って野球に挑戦するわけなので、1分、1秒も無駄にできないと思っていました」
と、限られた時間と真剣に向き合い続けました。
この会社員としての経験と制約が、やがて投手としての飛躍的な成長へとつながっていきます。
脱サラからわずか3ヶ月で最速156キロへの進化
2026年3月、三河吉平投手はついにサイバーエージェントを退社。
約1年間の会社員生活にピリオドを打ち、野球に全てを懸ける覚悟を決めました。
そこから本格始動したトレーニングの成果は、想像をはるかに超えるものでした。
大学時代には届かなかった球速の壁をあっさりと突き破り、わずか3ヶ月足らずで最速156キロを記録するまでに進化した秘密に迫ります。
体重7kg増・フォーム改善で球速を大幅アップ
脱サラ後の三河吉平投手が「DIMENSIONING」で取り組んだのは、大きく分けて2つのアプローチです。
ひとつ目は、徹底的な肉体改造です。
12月の復帰当初から数えると体重は約6〜7kg増加しましたが、注目すべきは体脂肪率がほぼ変わっていないという点。
増えた分はすべて筋肉です。
「もともと手足が長い方で逆に筋肉がなかったので、自分の体をうまく扱えてなかった」
と三河吉平投手は振り返ります。
筋肉量が増えたことで腕をしっかり止められるようになり、リリースポイントが安定。
球速と制球力の両立につながりました。
ふたつ目は、投球メカニクスの根本的な見直しです。
「DIMENSIONING」では、トラックマンやラプソードといった最新のデータ計測機器をフル活用。
球速・回転数・リリースポイント・筋力・瞬発力など、投球に関わるあらゆる要素を数値化して分析しました。
感覚だけに頼らず、データに基づいて課題を特定し改善していくアプローチは、まさにビジネスの世界で身につけた論理的思考そのものです。
北川トレーナーは選手ひとりひとりに異なるアプローチを持っており、三河吉平投手に対しても徹底的にオーダーメイドの指導を展開。
「北川さんが僕の可能性に賭けてくれたのが大きかった」
と三河吉平投手は感謝を口にしています。
北川雄介トレーナーについてはこちらを→北川雄介(トレーナー)のwiki風経歴!料金や評判は?出身大学は?
大学時代151キロ→社会人経験を経て156キロへ
結果として、三河吉平投手の最速球速は大学時代の151キロから156キロへと、5キロ以上の大幅アップを果たしました。
しかも常時150キロ超えという安定感まで手に入れたのです。
なぜ大学時代よりも、社会人を経た今の方が速いボールを投げられるのか——その答えは、練習の「量」ではなく「質」にあります。
大学時代は時間がありすぎるがゆえに
「全てを野球に捧げようとするか、投げる練習ばかりをひたすらやっていた」
と三河吉平投手は振り返ります。
一方、サイバーエージェントで培った「選択と集中」の思考は、限られた時間の中で本当に効果的な練習だけを見極め、とことん磨き上げることを可能にしました。
さらに仕事で鍛えられた論理的思考も大きな武器になりました。
「自分の体を理解して、どういう練習をすればどういう結果が得られるかを、ちゃんと大人になって俯瞰して考えられるようになった」——この言葉に、三河吉平投手の成長の本質が凝縮されています。
感情的になりがちだった大学時代とは違い、自分の投球を客観的なデータと論理で分析できるようになったこと。
それが156キロという数字となって、如実に現れたのです。
遠回りに見えた社会人経験が、実は最速への最短ルートだったのかもしれません。
MLBスカウトの目に留まった2つのきっかけ
156キロの直球を手にした三河吉平投手に、次に必要だったのはメジャー球団の目に触れる機会でした。
NPBからのオファーは一切なかった中、なぜMLB球団が三河吉平投手に注目したのか。
そして数あるオファーの中からなぜカブスを選んだのか。
現代ならではのスカウティング事情と、三河吉平投手の冷静な決断の背景に迫ります。
SNS発信とトラックマンデータがメジャー球団を動かした
三河吉平投手がMLB球団のレーダーに引っかかったきっかけは、大きく2つあります。
ひとつ目は、「DIMENSIONING」という施設の存在です。
多くのプロ野球選手やMLB選手も訪れるこの施設には、早い段階から一定数のスカウトが注目していました。
三河吉平投手が本格的にトレーニングを始めた頃から、いくつかの球団がチェックを入れていたといいます。
ふたつ目が、SNSとデータの力です。
現在、野球界ではトラックマンやラプソードといった計測データが世界的に活用されています。
三河吉平投手はこのデータと投球映像をMLB各球団に送付。
球団側は年齢・身長・体重・フォーム・球速帯などをもとに、その選手がメジャーに上がれるポテンシャルを持っているかどうかを分析します。
「このフォームでこの球速帯で投げていたら、と興味を持っていただいて。実際に来てもらって何回かディスカッションする上で、オファーを出しますと言ってくれた球団があった」
三河吉平投手はSNSでもMLB挑戦に向けた様子を積極的に発信しており、それが球団関係者の目に留まる後押しにもなりました。
こうして最終的に2球団から正式オファーが届くという、異例の展開へとつながっていきます。
なぜ数あるオファーの中でカブスを選んだのか
2球団からオファーを受けた三河吉平投手が最終的にシカゴ・カブスを選んだ理由は、条件面よりも「人と関係性」でした。
「一番は関係値の面とタイミングですかね」
カブスの担当スカウトは、実戦から離れていた三河吉平投手の現状を丁寧に把握した上で、入団後の具体的なプランをしっかりと提示してくれました。
「どこが一番メジャーリーグに上がれる確率があるのか」
を冷静に考えたとき、最も確率の高い選択肢がカブスだったと三河吉平投手は語ります。
また、カブスには三河吉平投手にとって魅力的な環境が整っていたことも見逃せません。
メジャーで活躍する鈴木誠也外野手、そして今永昇太投手の存在です。
特に今永昇太投手については
「思考回路が知りたい。どういう意図でどういう根拠を持って球種を選んでいるのか、聞きたいことだらけ」
と目を輝かせます。
さらに今年1月には慶應大出身の常松広太郎選野手もマイナー契約を結んでおり、日本人選手が複数在籍する心強い環境も整っていました。
米アリゾナ州で正式契約を結んだ三河吉平投手は
「本当に素晴らしいチームに入れました。周りの選手たちも本当に温かくて、すごくいいチームに入れました」
と喜びを語っています。
常松広太郎選手についてはこちらを→常松広太郎(慶應義塾大)はドラフト注目!父母や彼女は?進路は?
目標は170キロ!理想像はメイソン・ミラー
カブスとのマイナー契約を手にした三河吉平投手が、次に見据えるのはメジャーのマウンドです。
現在の最速156キロでさえ十分に驚異的ですが、三河吉平投手の野望はその遥か先にあります。
どんな投球スタイルでメジャーの強打者に挑もうとしているのか、そして目標に掲げる「170キロ」への思いに迫ります。
ストレート+スプリットで強打者を封じる投球スタイル
三河吉平投手の武器は、ストレート・カットボール・カーブ・スプリットの4球種です。
その中でも絶対的な軸となるのが、189cmの長身から角度をつけて投げ込むストレート。
高い位置からほぼ垂直に落ちてくるような軌道は、打者にとって非常に厄介な球筋です。
「ストレートとフォーク(スプリット)でメジャーの強打者を抑えられるようなピッチャーになりたい」
シンプルだからこそ、強い。
三河吉平投手が理想とする投球スタイルは、まさにこの言葉に凝縮されています。
長身から繰り出す角度のある速球で打者を詰まらせ、鋭く縦に落ちるスプリットで空振りを奪う。
複雑な配球に頼るのではなく、圧倒的な武器を磨き続けることでメジャーの打線に立ち向かおうとしています。
そしてこの投球スタイルの根底にあるのが、速い球を投げることへの純粋な情熱です。
三河吉平投手はその感覚を「悦」という言葉で表現します。
「本当に速い球を投げるのが『悦』です。もともと160キロを目標にしたんですけど、155.7キロまで来ているので、もっと投げられるんじゃないかなと思って170キロを目指しています」
義務感でも使命感でもなく、ただ純粋に速い球を投げることが「悦び」である——この感覚こそが、三河吉平投手の最大のエンジンなのかもしれません。
その理想像として三河吉平投手が名前を挙げるのが、パドレスの絶対的守護神・メイソン・ミラー投手です。
165キロ前後のストレートと縦に鋭く落ちるスライダーの2球種を、第一線で投げ続けるミラー投手の姿に、自分の未来像を重ね合わせています。
「彼はずっとやり続けているんですよ。2球種をバランスよく投げ続ける。第一線の選手がこれをずっとやり続けられているのがすごい」
継続する力への敬意と、自分もそうありたいという強い意志。
170キロという数字は夢物語ではなく、データと論理に裏付けられた「明確な根拠を持った自信」から生まれた目標なのです。
三河吉平投手のまとめ
野球を諦めてIT企業に就職した24歳が、わずか数ヶ月で世界最高峰のMLB球団とマイナー契約を結ぶ——。
三河吉平投手の物語は、一見すると奇跡のように映ります。
しかし実際には、遠回りに見えたすべての経験が、必然的にこの結果へとつながっていました。
サイバーエージェントで磨いた論理的思考と言語化力は、自分の投球フォームの課題を客観的に分析する力になりました。
毎朝5時に起きて続けた筋トレの習慣は、復帰後の肉体改造の土台になりました。
広告営業で鍛えた「選択と集中」の思考は、限られた練習時間を大学時代以上に実りあるものへと変えました。
「野球以外のキャリアや軸を持ったことで、改めて自分が本当に人生を賭けたいものは野球なんだと気づけた」
この言葉が示すように、三河吉平投手にとって社会人経験は”寄り道”ではなく、野球への本気度を確かめるための、そして投手としてより高みへ到達するための、かけがえない時間だったのです。
三河吉平投手が何より印象的なのは、自信の質です。
「気合で頑張ります」ではなく、
「どういうロードマップで、どういうボールを投げられたらなれるのか、ここさえクリアすれば(メジャーに)いける、明確な根拠を持った自信はある」——データと論理に裏付けられたその言葉には、根拠のない強がりとは全く異なる、静かで揺るぎない迫力があります。
目標は170キロ。
目指す舞台はメジャーのマウンド。
座右の銘は「有言実行」。
三河吉平投手の挑戦はまだ始まったばかりです。
挫折を経験し、遠回りをして、それでも諦めなかった24歳の右腕が、世界最高峰の舞台でどんな景色を見せてくれるのか。
その一球一球を、これからも一緒に追いかけていきましょう!

