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杉山幸太郎(弁護士)はドラフト注目!橋下徹の関係は?出身高校や大学は?

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あなたは「弁護士」「プロ野球選手」を両立している人間が、この世にいると思いますか?

普通に考えれば、どちらか一方だけでも相当な努力と才能が必要な世界。

それを28歳という年齢で、同時にこなしている男がいます。

その名は、杉山幸太郎

現在、大分B-リングスに所属するプロ野球選手でありながら、あの橋下徹氏が代表を務める法律事務所に籍を置く、現役の弁護士です。

しかも今シーズンは開幕から7試合連続安打と、結果もしっかり出しています。

「弁護士だから注目されているだけ」なんて言わせません。

バットでも、きっちり証明しているんです。

高校時代に通算30本塁打を放ったスラッガーが、なぜ一度野球を辞め、弁護士になり、そしてまたグラウンドに戻ってきたのか。

杉山幸太郎選手の人生は、まるでドラマのような展開の連続です。

ぜひ最後まで読んでみてください。

杉山幸太郎のプロフィール

まずは、杉山幸太郎選手プロフィールをご紹介しましょう。

1997年生まれ愛知県名古屋市出身28歳

身長178cm、体重88kgの恵まれた体格を持つ、右投げ左打ちのスラッガーです。

内野(一・三塁)と外野をこなせるユーティリティプレーヤーで、スイングスピードはなんと170km/h超えを計測しています。

野球を始めたのは子どもの頃。

私立愛知高校では主砲として活躍し、高校通算30本塁打という輝かしい実績を残しました。

甲子園の舞台には届かなかったものの、その打棒は本物です。

現在の所属は大分B-リングス

独立リーグとは言え、プロ野球選手として今日もバットを振り続けています。

ただ、このプロフィールだけ見ると「野球一筋で頑張ってきた選手なんだな」と思いますよね。

ところが、杉山幸太郎選手の歩んできた道は、そんなにシンプルではありませんでした。

高校卒業後から現在に至るまで、実は波乱万丈のストーリーが隠されているんです。

野球を捨て、弁護士への道へ

高校で30本塁打を放った杉山幸太郎選手が次に進んだのは、一般入試で合格した関西大学

野球部にも入部し、さらなる飛躍を誓いました。

ところが、そこで待っていたのは想像とはかけ離れた現実でした。

「改修工事でグラウンドが1つしか使えなくて。4学年で部員は150人くらい。1年生はもうほったらかしで『来てもやることないから』という雰囲気」

入部から2ヶ月で練習に参加できたのはたった3回。

心が折れるのも無理はありません。

杉山幸太郎選手はあっさりと退部を決意し、こうして一度目の”野球との別れ”が訪れました。

野球を辞めた杉山幸太郎選手が次に目指したのは弁護士です。

実は、弁護士を目指すきっかけはずっと前、中学時代にさかのぼります。

「将来ちゃんとした職に就きたい。難関資格を取れれば食いっぱぐれないかなと思って」
医者と弁護士、どちらにしようか考えていた中学生の杉山幸太郎選手の背中を押したのが、当時放送されていたドラマ「HERO」でした。

「楽しそうな職業だなと思いました。論理性が大事だという情報を見て、自分は理屈っぽいところがあるし向いているかなと」

この直感、のちに見事に正解だったと証明されることになります。

関西大学では政策創造学部に入り、4年間みっちりと法曹の勉強に打ち込みました。

そして卒業後は神戸大学法科大学院へ進学。

並大抵の努力では合格できない司法試験に向けて、猛勉強の日々が続きました。

そして2023年、ついに司法試験合格の通知が届きます。

中学時代に抱いた「食いっぱぐれない職に就きたい」という夢が、ここで一つ叶った瞬間でした。

でも、杉山幸太郎選手の物語はここで終わりません。

司法試験合格のわずか2週間後、彼はまったく別の場所に向かっていたのです。

それはグラウンドでした。

草野球が火をつけた、野球への再情熱

時計の針を少し戻しましょう。

神戸大学法科大学院に進学した2020年、世界はコロナ禍の真っ只中でした。

オンライン授業が続き、家に閉じこもりがちな日々。

そんなある日、杉山幸太郎選手に草野球の助っ人として声がかかりました。

大学で野球部を退部してから、すでに数年が経っていました。

「もう野球とは終わった」そのつもりでグラウンドに立った杉山幸太郎選手でしたが、そこで予想外の出来事が起きます。

「僕がぼってぼてのヒットを打っただけで、見ず知らずの大人が両手を挙げて喜んでくれたんです。ああ、野球って楽しいんだなって思い出しました」

内野の間を転がるだけの、決して鮮やかとは言えない一打。

それでも仲間が全力で喜んでくれた。

その光景が、長い間心の奥底で眠っていた野球への情熱に、一気に火をつけたのです。

それからの杉山幸太郎選手は、まるで憑き物が落ちたように野球へのめり込んでいきました。

月に一度は試合に出るようになり、素振りや筋トレを自然と再開。

するとみるみる感覚が戻ってきました。

一日何百スイングも繰り返していた高校時代の記憶がよみがえる中で、ある思いが胸の中でふくらんでいきました。

「あんな形で野球と縁を切ったままにしておくのは嫌だな」

関西大学の野球部を2ヶ月で辞めたあの日から、ずっとどこかに引っかかっていたものが、言葉になった瞬間でした。

そこから杉山幸太郎選手の行動は本当に振り切れています。

司法試験の浪人期間中、勉強と並行して本格的なトレーニングを密かにスタートさせたのです。

「体を大きくしないと打てないと思って。もうペンとダンベルしか握ってなかったですね」

笑いながらさらっと話してくれましたが、その結果は数字が物語っています。

体重はなんと68kgから80kg台へ

分厚く鍛え上げられたその体は天性の才能ではなく、ひたむきな努力によって作り上げられたものです。

法律書とダンベル、ノートとバット。

二つの夢を同時に追いかけながら、杉山幸太郎選手はじっと自分の時を待っていました。

異色の二刀流、誕生

2023年11月、司法試験合格の通知を受け取ったわずか2週間後、杉山幸太郎選手独立リーグのトライアウト会場に姿を現しました。

「この年で落ちたら野球は諦めるつもりだったので、申し込みもしていなくて。受かったあとに申し込めるのが関西独立リーグだけだったんです」

司法試験に合格した翌々週にはグラウンドでバットを振っている。

このスピード感と行動力、もはや清々しいほどです。

トライアウト当日は複数の球団から声がかかりました。

しかしここで、大きな壁が立ちはだかります。

司法試験に合格した後は、司法修習生として1年間の研修が義務付けられています。

そしてこの期間中は、原則として兼業が禁止。

「平日の練習は無理」「土日しか試合に出られない」という条件を聞いた途端、声をかけてきた球団のほとんどが手を引いてしまいました。

そんな中、唯一前向きに受け止めてくれたのが、当時立ち上げ準備中だった姫路イーグレッターズでした。

「でも姫路イーグレッターズだけ逆に面白がってくれて。『アホやな』みたいな反応でとってもらいました」

「アホやな」という言葉が、これほど温かく聞こえることもなかなかないでしょう。

制約だらけの条件を笑って受け入れてくれたチームの懐の深さに、杉山幸太郎選手はこうして救われました。

姫路では2年間55試合に出場し、打率2割6分7厘をマーク。

限られた出場機会の中でも、しっかりと結果を残し続けました。


そして迎えた新天地、大分B-リングスへの移籍。

ここでまた、杉山幸太郎選手の異色のキャリアに惚れ込んだ人物が現れます。

タレントで元大阪府知事の橋下徹氏です。

「履歴書を見た際、本業としてプロ野球選手を目指しながらサブで弁護士をする、という聞いたことがないスタイルに興味を持ちました。実際に会うととても好青年でストイックな人物でしたので、応援したいとすぐ採用を決めました」

「聞いたことがないスタイル」と言わしめた杉山幸太郎選手

橋下徹氏にそう言わせてしまうのですから、その異色っぷりは本物です。

こうして杉山幸太郎選手は、橋下徹氏率いる法律事務所に所属する弁護士として、そして大分B-リングスの選手として、二つのフィールドに立つことになりました。

大分での日常も、なかなか想像を超えています。

午前中にチームの練習を終えたら昼食を取り、午後3時頃からはリモートワークで弁護士業務がスタート。

主に企業法務を担当し、月に1度は対面対応のため関西へも出向きます。

練習後にスパイクを脱いでパソコンを開く、そんな日々を送っています。

それでも杉山幸太郎選手「大変だとは思っていない」と言い切ります。

「他の選手がアルバイトをしている間に弁護士業務をしているだけの違いなので」

この一言に、杉山幸太郎選手という人間のスケールの大きさが凝縮されている気がしませんか。

バットを置いたらパソコンを開く。

それが彼にとっての、ごく普通の一日なのです。

ちなみに司法試験に合格しながら野球をしている選手には、東京大学スタンリー翔唯選手もいます。

スタンリー翔唯選手についてはこちらを→スタンリー翔唯はハーフのドラフト候補!病気なの?進路は総理大臣?

グラウンドでの素顔と野球哲学

弁護士という肩書きを持つ杉山幸太郎選手ですが、グラウンドに立てば話すのは法律ではなく、野球の話。

そしてその野球哲学が、またひと味違うんです。

打席に入る前、杉山幸太郎選手が心の中で強く念じていることがあります。

それは、
「バットを折るぞ」
思わず「え?」となりますよね。

でも、ちゃんと理論があります。

「折るためには体の近くで打たないといけない。体も開かないしピッチャーに向かっていける。心理学的にも身体動作的にも合理的でしょ?」

セオリーとは真逆の発想に見えて、実は徹底的に論理で裏付けられている。

いかにも弁護士らしい思考回路です。

そしてこの覚悟の表れとして、杉山幸太郎選手は同じ型のバットを常に5本ストックしています。

そんな独自理論を引っ提げて臨んだ今シーズン、結果はすぐに出ました。

なんと開幕から7試合連続安打

長打こそまだ1本ですが、打席に立てばきっちりヒットを重ねる。

「弁護士だから話題になっているだけ」なんて言わせない、バットでの説得力がそこにはあります。

この勝負強さのルーツは、実は中学時代にさかのぼります。

「中学生の時スタメンじゃなかったのですが、代打の一番手ぐらいで使ってもらってて、少ないチャンスで結果を出さなきゃという心構えは小さい時からあったのかなと思っています」

限られたチャンスで結果を出す。

その意識は子どもの頃から染み付いていたものでした。

姫路イーグレッターズ時代も途中出場が多い中で堅実な打撃を見せ続け、チームの終盤を幾度となく支えてきました。

ただ、代打に甘んじるつもりは一切ありません。

「最低でも二桁ホームランを打たないと僕のタイプだと魅力がないと思うんで、長打にはこだわりたいです」

スイングスピード170km/h超えを誇るパワーは、本来スタメンで毎日発揮されるべきもの。

杉山幸太郎選手はそれをよくわかっています。

代打で培った勝負強さを武器にしながら、今度こそスタメンの座をつかみ取る。

その意欲がバットを振るたびに伝わってきます。

そしてその先に見据えるのは、ずっと胸に秘めてきた夢です。

「弁護士になることはできたので、もちろん日々の業務を疎かにすることはないんですけど、第一の目標としてはNPBに指名をもらうことです」

NPBドラフト指名

大学1年で野球を辞めてから実に7年間、遠ざかっていた夢。

28歳という年齢、独立リーグでは最年長に近い立場。

それでも杉山幸太郎選手は臆することなく言い切ります。

「野球歴でいえば高卒3年目、実質21歳ですから。その伸びしろを評価してもらいたい」

この言葉、負け惜しみでも強がりでもありません。

7年間のブランクを逆手に取り、まだ伸びる余地があると本気で信じている男の言葉です。

ホームランは、杉山幸太郎選手にとって「夢への架け橋」。

その架け橋をかけるために、今日もバットを力強く振り続けています。

杉山幸太郎のまとめ

最後に、杉山幸太郎選手のある言葉を紹介したいと思います。

NPB入りを目指す理由を聞かれた時、こんなふうに答えていました。

「高校生や大学生と違って、すぐクビになっても自分で社会に出ていけますから。球団には無責任に獲得してほしいですね(笑)」

笑いを交えた軽やかな言葉ですが、その裏には深い覚悟が込められています。

弁護士という確固たる土台があるからこそ、野球に全力で挑める。

失敗を恐れず、退路を気にせず、ただひたすら夢だけを追いかけられる。それが杉山幸太郎選手という男の強さです。

普通に考えれば、弁護士資格を取った時点で「もう十分じゃないか」となりそうなものです。

難関試験を突破し、橋下徹氏の事務所に採用され、安定したキャリアが目の前にある。

それだけで、多くの人が羨む人生です。

それでも杉山幸太郎選手は、グラウンドに向かいます。

スパイクを履いて、バットを握って、泥だらけになりながら白球を追いかけます。

なぜか。それはただ一つ、野球が好きだから。

そして大学1年で不完全燃焼のまま終わらせてしまった、あの頃の自分にけじめをつけたいから。

「あんな形で野球と縁を切ったままにしておくのは嫌だな」

その一心が、7年間のブランクを越えさせ、司法試験合格の2週間後にトライアウト会場へと向かわせ、今日もグラウンドでバットを振らせているのです。

夢を諦めることは、簡単です。

年齢を言い訳にすることも、ブランクを理由にすることも、いくらでもできます。

でも杉山幸太郎選手は、そのどれも選びませんでした。

弁護士プロ野球選手、どちらの夢も本気で追いかけながら、自分だけの道を切り開いています。

その生き様は、野球ファンだけでなく、夢を持つすべての人の背中を押してくれるものではないでしょうか。

バットと六法全書を両手に、杉山幸太郎選手はまだまだ走り続けます。

今シーズン、彼のバットがどんなアーチを描くのか。

そしてその先にNPBへの扉が開くのか。

杉山幸太郎選手の挑戦をぜひ一緒に見届けましょう!