2026年夏の男子バスケットボール日本代表候補53名のリストに、ひときわ目を引く名前があります。
ベネディクト研一郎、17歳。
八村塁選手や河村勇輝選手といったNBAプレーヤーたちと並んで名を連ねる、現役高校生です。
「え、高校生が日本代表候補に?」
と思った方も多いのではないでしょうか。
しかも彼は日本の高校ではなく、アメリカ・ロードアイランド州の名門ボーディングスクール「セント・ジョージズ・スクール」に在籍。
生まれ育ったのはニューヨークで、家での会話は英語。
そんな“アメリカ育ちの17歳”が、なぜ日本代表を目指しているのか、気になりますよね。
今回は、次世代の日本バスケを担う存在として今まさに注目を集めているベネディクト研一郎選手の素顔に、じっくり迫っていきたいと思います!
アルベルト・シュバイツァートーナメント
— バスケットボールキング (@bbking_jp) April 5, 2026
U18男子日本代表が黒星発進…ベネディクト研一郎が22得点でけん引、白谷ジャックはダブルダブルhttps://t.co/obbqKzvB2C
ドイツで行われている国際大会の初戦でスロベニアと対戦。試合終盤には髙橋歩路の3Pを皮切りに猛追を見せるも86-94で敗れました。 pic.twitter.com/1KqQF4Xvlf
〜もくじ〜
ベネディクト研一郎のプロフィール
まずは、ベネディクト研一郎選手の基本プロフィールをチェックしてみましょう!
| 項目 | 詳細 |
| 氏名 | ベネディクト研一郎 |
| 生年月日 | 2008年6月4日(17歳) |
| 身長・体重 | 196cm・92kg |
| ポジション | スモールフォワード(SF) |
| 所属 | St. George’s School(米・ロードアイランド州) |
| バスケ歴 | 5歳〜(ニューヨークにてスタート) |
注目してほしいのはその体格です。
196cm・92kgというサイズは、日本人高校生としては圧倒的な存在感。
それでいて、ゴール下に張り付くセンタータイプではなく、ボールを持って自らゲームを作れるスモールフォワードというのが、ベネディクト研一郎選手の大きな特徴です。
バスケットボールを始めたのは5歳のとき。
生まれ育ったニューヨークで競技を始め、アメリカという世界最高峰のバスケ環境の中でその才能を磨いてきました。
幼い頃から試合で負けると大声で泣くほど負けず嫌いだったというエピソードも残っており、その熱さが今のプレースタイルにも表れています。
ベネディクト研一郎の父母
ベネディクト研一郎選手が日本代表としてプレーする背景には、父母それぞれのルーツが深く関わっています。
母・加寿子さんは日本人で、実家は東京・六本木。
4歳から10歳までご家族とともにニューヨークで暮らし、日本に帰国後はインターナショナルスクールへ。
高校・大学を経て、社会人の途中から再びアメリカへ渡り、そこで結婚・出産という人生を歩んできた方です。
そんな背景もあって、ベネディクト研一郎選手との日常会話は英語。
彼にとって英語が”母国語”となっているのは、ごく自然なことなんですね。
一方、父親については詳しいことはわかっていませんが、アメリカ人と見られており、ニューヨークで生まれ育ったベネディクト研一郎選手は、まさに日米のDNAを受け継いだ選手です。
そして、実はこの家族、筋金入りのスポーツ一家でもあります。
加寿子さんの従兄弟にあたるのが、日本サッカー協会元会長を務めた故・岡野俊一郎氏。
加寿子さん自身も「(年齢が離れていたため)おじさんのようにかわいがってもらった」と語っており、もし岡野氏が今もご存命であれば、ベネディクト研一郎選手の日本代表としての活躍をきっと誰よりも喜んでくれたことでしょう。
また、加寿子さんの父、つまりベネディクト研一郎選手のおじいさんにあたる方は、第二次世界大戦の影響で高校時代まで思うようにスポーツができなかったものの、早稲田大学時代には軟式野球に打ち込んだ人物でした。
スポーツへの情熱は、一家を通じて脈々と受け継がれているんですね。
そんな加寿子さんは、毎年夏になると2〜3ヶ月、六本木の実家に息子を連れて帰国していました。
ベネディクト研一郎選手は小学生の頃、東京・木場にあるバスケットボールチームでプレーし、日本の同世代の子どもたちと交流を深めていたそうです。
英語しか話せない環境の中でも、バスケットボールという共通言語が、国境も言葉の壁も軽々と超えさせてくれたのかもしれません。
ベネディクト研一郎の日本代表入りのきっかけ
ベネディクト研一郎選手が日本代表の道へ進むきっかけは、意外にも新型コロナウイルスでした。
毎年夏に東京を訪れ、木場のバスケチームで日本の同世代と交流していたベネディクト研一郎選手。
しかし2020年、コロナ禍によってその来日が叶わなくなってしまいます。
その間に中学生となり、いざ日本に戻れるようになった頃には、小学生中心だった木場のチームでプレーすることも難しくなっていました。
そこで動いたのが、母・加寿子さんです。
「日本代表としてプレーできないだろうか」と考えた加寿子さんは、息子が所属していたAAUチーム(アメリカのクラブチーム)のコーチ陣の中に、かつてファイティングイーグルス名古屋や西宮ストークス(現・神戸ストークス)でプレーしていた元Bリーガー、ハーバート・ヒルがいることに気づきます。
ハーバート・ヒルに相談したところ、日本バスケットボール協会(JBA)とも交流のあるエージェントを紹介してもらえることになり、そこからベネディクト研一郎選手の日本代表への扉が開いていきました。
そして迎えた、初めてのJBA関連のキャンプ。
ここで、忘れられないエピソードが生まれます。
英語しか話せないベネディクト研一郎選手は、キャンプ会場へ向かうバスの中で、誰の隣にも座ることができませんでした。
言葉が通じない、文化も違う、知り合いもいない。
そんな状況では、誰だって心細くなりますよね。
ところが、ひとたびバスケットボールが始まると、状況は一変します。
プレーを通じて日本人選手たちとの距離はみるみる縮まり、お風呂の入り方まで教えてもらいながら、すっかり打ち解けて帰ってきたといいます。
バスケットボールが、言葉の壁をあっさりと乗り越えてしまったんですね。
このエピソードだけでも、ベネディクト研一郎選手の人柄と、スポーツが持つ力の大きさが伝わってくる気がします。
ベネディクト研一郎の高校・経歴
ベネディクト研一郎選手が現在通っているのは、アメリカ・ロードアイランド州にあるセント・ジョージズ・スクール。
スポーツや学業で優秀な生徒が集まる名門ボーディングスクール(全寮制私立校)です。
アメリカの高校は宿題やテストが多く、成績が大学進学に直結するうえ、成績が悪ければバスケットボールを続けられなくなることもあるといいます。
文武両立が求められる厳しい環境の中で、ベネディクト研一郎選手はチームの主力として活躍しています。
そんな彼のここまでの歩みを、時系列で振り返ってみましょう。
2023年|U16アジア選手権(カタール)
まだ15歳だったベネディクト研一郎選手は、カタールで開催された「FIBA U16アジア選手権大会」に日本代表として出場。
当時すでに身長は193cmに達しており、その時点から将来性の高さは誰の目にも明らかでした。
2024年|U18アジアカップ出場
翌年には一つ上の世代であるU18日本代表に招集され、「FIBA U18アジアカップ」に出場。
年齢を超えた評価を受け、着実に代表でのキャリアを積み上げていきます。
【U18男子日本代表】FIBAU18アジアカップ
— (@jbasket_jp) September 3, 2024
カザフスタンに勝利して開幕2連勝 /全員得点
予選グループフェーズ Game2
カザフスタン 35-84 日本
1Q 6-25
2Q 13-22
3Q 7-25
4Q 9-12
<日本>
#12 ベネディクト 研一郎 13得点
#7 渡邉伶音 12得点 5Reb
#14 瀬川琉久 12得点 7AST
#11 十返翔里… pic.twitter.com/OuISPksk6d
2026年2月|BWBオールスターキャンプに日本人唯一の選出
NBAとFIBAが共同主催する「第10回 Basketball Without Borders(BWB)オールスターキャンプ」に、なんと日本人選手として唯一選出されます。
29の国と地域から集まった高校年代のトップ有望選手40名の中に名を連ね、ロサンゼルス・レイカーズの練習施設という夢の舞台で実力を披露。
初日から3Pシュートを沈めたかと思えば豪快なダンクを叩き込むなど、世界の強豪相手にも臆することなくプレーしました。
ピックアップ
— バスケットボールキング (@bbking_jp) February 23, 2026
ベネディクト研一郎がBWBキャンプに参加…富永啓生や渡邊雄太を目標に掲げアジアカップ2026へhttps://t.co/FAutHUdz1G
NBAオールスターウィークエンドに行われたBWBキャンプに参加したベネディクト研一郎をキャッチ❗️
ライターの山脇明子さんがレポートします pic.twitter.com/ybEw00bs6i
2026年|A代表候補53名に17歳で選出
そして2026年、ついにフル代表の候補選手リストに名前が載ります。
八村塁選手や河村勇輝選手といったNBAプレーヤーたちと並ぶ53名の中で、ベネディクト研一郎選手は福岡大大濠高校の白谷柱誠ジャック選手と並んで最年少の17歳で選出。
これがいかに異例のことか、おわかりいただけると思います。
高校生でここまでの経歴を積み上げてきたベネディクト研一郎選手。
その歩みは、まだ始まったばかりです。
ベネディクト研一郎のプレースタイル
ベネディクト研一郎選手のプレースタイルを一言で表すなら、「現代バスケが求める万能型フォワード」。
でも本人の目指す姿は、もっと先を見ています。
「今はいろいろなことを少しずつこなせるガードになりたい。将来的にはポイントガードとして活躍したい」
196cmという身長があれば、日本では迷わずゴール下を任されることがほとんどです。
ところがベネディクト研一郎選手は、5歳からニューヨークでバスケを始めて以来、ずっとガードとしてプレーしてきました。
サイズ × ボールハンドリング
196cmの長身でありながら、ガードのようにボールを運び、ゲームをコントロールできる。
これは日本代表においても非常に希少な能力です。
ベネディクト研一郎選手自身も
「僕の強みはサイズとボールをハンドルできる能力」
と語っており、日本代表ではボールハンドラーの役割を託されています。
高いバスケットIQ
BWBオールスターキャンプでは、空中でディフェンダーの脇を抜くアンダーハンドパスを繰り出すなど、瞬時の判断力と創造性あふれるプレーで周囲を驚かせました。
「シュートチャンスを見出してアグレッシブにいかなければいけない」
と自ら課題を設定し、常により高いレベルを求め続ける姿勢も、IQの高さの表れといえるでしょう。
目標とする選手たち
ベネディクト研一郎選手が手本にしているのは、タイプの異なる4人の選手です。
まずシェイ・ギルジャス=アレクサンダー(オクラホマシティ・サンダー)。
身長198cmのガードで、体格が自分に近く「とてもスムーズで高いバスケットボールIQを持っている」と語ります。
まさに自身が目指す姿を体現している選手といえますね。
次にカワイ・レナード(ロサンゼルス・クリッパーズ)については「僕のロールモデル」と断言。
寡黙ながらハングリーにプレーするスタイルに、日本人らしさすら感じているといいます。
日本人選手では八村塁選手と富永啓生選手を挙げ、
「コート上で不安を見せないメンタリティは見習うことが多い」
とコメント。
技術だけでなく、メンタルの部分からも貪欲に学ぼうとしているところに、ベネディクト研一郎選手の成長への真剣さが伝わってきます。
アメリカ仕込みのスキルと、日本代表で磨かれたチームバスケへの理解。
その両方を兼ね備えたベネディクト研一郎選手のプレーは、日本バスケの新しい可能性を感じさせてくれます。
ベネディクト研一郎の今後の目標
華やかな経歴と確かな実力を持つベネディクト研一郎選手ですが、その目線は常に次の目標へと向けられています。
まずはU18アジアカップ2026でリベンジを
直近の大きな目標は、2026年9月に開催される「FIBA U18アジアカップ2026」での勝利です。
実はU18日本代表は過去2度、このアジアカップでワールドカップの出場権獲得を逃しています。
ベネディクト研一郎選手も前回大会でその悔しさを肌で知っている一人です。
「過去2度ともワールドカップを逃してしまったので、今回は絶対に勝ちたい思いでいっぱいです」
その言葉には、チームへの強い責任感とリベンジへの熱い想いが滲み出ています。
アジアカップに向けた強化合宿でも、練習がない日でも自主的にスキルワークアウトやトレーニングを欠かさないというベネディクト研一郎選手。
その準備の積み重ねが、本番での力になるはずです。
NCAA Division 1を経て、最終目標はNBA
さらに先を見据えると、ベネディクト研一郎選手の最終目標はNBA入りです。
現在すでにNCAA(全米体育協会)Division 1の複数の大学と話が進んでいるといい、進学先の選択も視野に入っています。
「NBAにたどり着くまでに、どのようなアプローチをしていくかは日々考えています。まずはU18アジアカップで活躍してチームを勝たせ、どの学校で自分を成長できるか選手として判断したい」
17歳にして、すでに自分のキャリアパスを冷静に、そして真剣に考えている。
その姿勢こそが、ベネディクト研一郎選手を同世代の中でひときわ輝かせている理由のひとつではないでしょうか。
日本の国旗を胸に、特別な誇りを胸に
NBAという頂点を目指しながらも、ベネディクト研一郎選手が日本代表への思いを忘れることはありません。
こんな言葉を残しています。
「日本の国旗を胸にしたユニフォームを着ると、格別な誇りを感じます。特に最初のU16の時は特別でした。アメリカで育ち、いつもアメリカのバスケットボールが一番と聞いていましたが、他国と対戦し世界には本当に優れたバスケットボール選手がいるのだと実感できた。それは、とても幸運なことでした」
ニューヨーク生まれ、アメリカ育ち。
それでも日の丸を胸に戦うことへの誇りを、これほど真っすぐな言葉で語れる17歳がいる。
それだけで、日本バスケの未来が少し明るく見えてきませんか?
ベネディクト研一郎のまとめ
ニューヨーク生まれ、アメリカ育ち。
母から受け継いだ日本人としての誇り。
そして5歳から積み上げてきたバスケットボールへの情熱。
ベネディクト研一郎選手は、そのすべてを武器に、17歳にして日本バスケの最前線に立っています。
日米のバックグラウンドを持ちながら、「日本の国旗を胸にすると格別な誇りを感じる」と語る姿は、単なる”ハーフの有望選手”という枠をはるかに超えています。
アメリカ仕込みのスキルと、日本代表で培ったチームバスケへの理解、そして負けず嫌いな気質と冷静なビジョン。
これほど多くのものを17歳で兼ね備えた選手が、日本代表に現れたことは、本当に胸が躍るニュースです。
U18アジアカップ2026でのリベンジ、NCAA Division 1への進学、そしてその先のNBA。
ベネディクト研一郎選手の描くロードマップは、壮大でありながらも、一つひとつの目標に向けて着実に歩みを進めているからこそ、現実味を帯びて見えます。
八村塁選手がNBAへの扉を開き、河村勇輝選手がその道を広げてきた日本バスケの歴史に、次のページを書き加えるのは、もしかしたらこの17歳かもしれません。
これからのベネディクト研一郎選手の活躍から、どうか目を離さないでください。

