野球

常廣羽也斗(青山学院大)の父母もすごい?舞鶴高校時代や出身中学は?

記事内に商品プロモーションを含む場合があります

青山学院大学ドラフト候補常廣羽也斗投手

大学日本代表にも選ばれているプロ注目のピッチャーです。

4年春大学野球選手権大会ではMVP&最優秀投手に輝く活躍で日本一を達成しています。

今回はそんな常廣羽也斗投手経歴家族について調べてみました。

常廣羽也斗のプロフィール

名前:常廣 羽也斗(つねひろ はやと)
生年月日:2001年9月18日
出身:大分県大分市
身長:180cm
体重:73kg
投打:右投げ右打ち
ポジション:ピッチャー
経歴:大分市立豊府小学校→大分市立南大分中学校→大分県立大分舞鶴高等学校→青山学院大学

常廣羽也斗の父・常廣竜也

常廣羽也斗投手常廣竜也さんも高校の途中までは野球をされていました。

≪父・竜也さん観戦≫完封した常広の父・竜也さん(49)は大分から駆けつけ、三塁側内野席で息子の活躍を目に焼き付けた。自身も高校途中まで野球部に所属しており「よくキャッチボールをしていたが、今はもう手が痛くて捕れない」と笑顔。幼い頃は恥ずかしがり屋で人前に出ることも苦手だった息子がドラフト1位候補にまで成長し「努力でよくここまでになった。まずはお疲れと言いたいですね」とねぎらった。

名門復活!青学大が日本一 18年ぶり5度目 ドラ1候補右腕・常広10K完封にスカウト評価「楽天の岸」

竜也さん現役時代ポジションピッチャーで、常廣羽也斗投手は幼い時にから投げ方ついて手取り足取り教わったと話されています。

常廣羽也斗投手とてもきれいなピッチングフォーム原点父の教えなのかもしれませんね。

ちなみに竜也さんは現在、一級建築士として大分市内で働かれています。


また、常廣羽也斗投手についても調べてみましたが、情報は見つかりませんでした。

について何かわかりましたら、改めて追記させていただきます。

常廣羽也斗の小中学時代

常廣羽也斗投手小学3年生から豊府少年野球団野球を始めています。

中学時代大分シニアに所属。

当時の常廣羽也斗投手3番手投手で、一度も背番号1を付けたことがありませんでした。

常廣羽也斗の高校時代

中学卒業後は大分県屈指の進学校・大分県立大分舞鶴高校進学します。

高校では1年夏から背番号18でベンチ入り。

1年夏大分県大会では、ベスト4入りに貢献しました。

1年秋から背番号1の座を獲得。

2年夏大分県大会2回戦で敗れています。

2年秋から3年春にかけては1学年下の新名凌馬投手(現・國學院大學)に背番号1を譲りますが、3年夏大分県大会には再び背番号1を付けて出場。

しかし、2回戦三重総合高校0対1で敗れ、甲子園出場はなりませんでした。 

高校時代のストレートの最速142km/h

常廣羽也斗の大学時代

青山学院大学に進学後は2年春からベンチ入り

3年秋のリーグ戦ではリリーフとして30回1/3を投げ、2勝1敗防御率0.30の好成績を収めています。
 
4年春のリーグ戦では同期の下村海翔投手とともに2枚看板として先発を任され、3勝1敗防御率1.44の活躍でリーグ優勝に貢献しました。

続く全日本大学野球選手権大会では全4試合中2試合先発し、失点0!

MVP&最優秀投手を受賞する活躍で、18年ぶりの日本一を達成しています。

決勝明治大学戦では、10奪三振完封というすばらしいピッチングを見せていましたね。

4年夏には大学日本代表として日米大学野球に出場。
 
抑え兼先発全5試合中3試合でマウンドに登り、2大会連続20度目優勝を経験しました。

青山学院大学同期のチームメイトには、常廣羽也斗投手とともにドラフト1位候補に名前が挙がっている下村海翔投手らがいます。

下村海翔投手についてはこちらを→下村海翔投手(青山学院大)の父母や兄弟は?出身中学高校や球速球種は?

常廣羽也斗のプレースタイル

常廣羽也斗投手最速155km/hのストレートを投げる右ピッチャーです。

変化球スライダーフォークカーブ、チェンジアップ

遠投120メートル。

50メートル走6秒0。

常廣羽也斗の進路

常廣羽也斗投手はすでにプロ志望届提出済です。

常廣羽也斗のまとめ

常廣羽也斗投手ドラフト1位でのプロ入り有力視されています。

プロでもエースとしてチームを日本一に導くような活躍を見せてほしいですね!