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長森遥南のwiki風経歴!出身小学校や家族は?かわいい!

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今、ニューヒロインとして冬季スポーツ界で一気に注目を集めている選手がいます。

それがミラノ・コルティナオリンピック日本代表の長森遥南選手です。

2025年12月の全日本ショートトラック選手権では、
女子500m・1000m・1500mを制し、18大会ぶりの3冠を達成しました。

最後の最後で大逆転で、夢のオリンピック出場の切符をつかみ取ったのです。

さらに話題なのが、その異色すぎる経歴。

学生時代はショートトラックゴルフの二刀流、そして現在はパティシエアスリート二刀流

才能が多彩すぎますね!

しかも美人アスリートとしても話題になっています。

今回はそんな長森遥南選手経歴家族についてまとめてみました。

長森遥南のプロフィール

名前:長森 遥南(ながもり はるな)
生年月日:2002年4月25日
出身:兵庫県神戸市
身長:155cm
経歴:神戸市立渦が森小学校→親和中学校→親和女子高等学校→関西学院大学

長森遥南の小学中学時代

長森遥南選手は、2002年4月25日生まれ

兵庫県神戸市東灘区で育ちました。

スケートとの出会いは、幼稚園で卒園旅行でスケートリンクを訪れたことがきっかけです。

この何気ない体験が、人生を大きく変えます。

当初、母親「浅田真央さんみたいに」と願って、フィギュアスケートを勧めていました。

しかし、長森遥南選手が選んだのはスピードスケート

そのままショートトラックの道へ進むことになります。


長森遥南選手神戸市立渦が森小学校の出身です。

小学2年生からは、ゴルフもスタート。

スケートとゴルフ、二刀流生活が始まりました。

親和中学校に進学してからも両競技を継続。

この頃から、体幹の強さと集中力が際立っていました。

長森遥南の高校時代

進学先は、親和女子高等学校

ここでも長森遥南選手は「二刀流」を貫きます。

ショートトラックでは高校2年生の冬国際大会初出場

着実に世界への階段を上っていきました。

一方ゴルフでは、日本ジュニア選手権に出場。

トップレベルを肌で感じたことで、
「どちらを本気で極めるか」
を考え始めます。

長森遥南の大学時代

大学は関西学院大学教育学部進学

小学校教諭一種免許司書教諭資格も取得しています。

大学ではスケートを主軸に活動。

世界ユニバーシティー冬季大会冬季アジア大会を経験しました。

ゴルフ部にも所属し、助っ人として大会に出場することも。

ベストスコアは「68」で、プロテストにも挑戦。

大学卒業を前には教員になるか、スケートを続けるか、大きな決断を迫られます。

そこで選んだのが、スケートでした。

長森遥南の社会人時代

2025年春に関西学院大学を卒業すると、シュゼット・ホールディングスへ入社しました。

所属は、洋菓子ブランド「アンリ・シャルパンティエ」。

氷上競技部のアスリート社員としてのスタートです。

オフシーズンは実際に工場で働き、フィナンシェなどの製造を担当しています。

長森遥南選手の作っているフィナンシェはこちら↓


そして迎えた12月の全日本選手権

女子全3種目を制し、歴史的3冠を達成し、自身初のオリンピック出場を決定付けました。

長森遥南の家族

長森遥南選手の家族構成は、父・母・弟の4人家族です。

特に母親は、競技人生の原点とも言える存在。

最初にスケートを勧め、常に背中を押し続けてきました。

とは5学年、歳が離れており、幼少期にはピアノの連弾を楽しんだこともあるそうです。

家族の温かい支えがあったからこそ、二刀流という厳しい挑戦を続けられたのでしょう。

家族について派手に語られることはありませんが、その存在は長森遥南選手の大きな原動力です。

長森遥南のプレースタイル

長森遥南選手身長155cmと小柄ながら、爆発的な加速力が武器。

集団から一気に抜け出す思い切りの良さが光ります。

ゴルフで培った体幹と集中力は、ショートトラックでも大きなアドバンテージ。

また、関西出身らしい明るい性格も魅力。

緊張しやすいからこそ「笑顔」を大切にしています。

氷上でも、職場でも、周囲に愛される人柄が成功を引き寄せました。

長森遥南のまとめ

長森遥南選手は、努力と挑戦を楽しみ続けてきた異色のオリンピアンです。

スケートとゴルフ、
競技と仕事、
誰も選ばなかった道を選び続けてきました。

その集大成が、ミラノ・コルティナオリンピック

シンデレラストーリーは、まだ終わっていません。

あなたもきっと、氷上を駆け抜ける姿から目が離せなくなるはずです!