2026年のドラフト会議で上位指名が期待される、富士大学の角田楓斗(かくた ふうと)投手。

最速153キロのストレートで三振を奪う、大学球界きっての本格派右腕です。

東奥義塾高校時代は最速143キロで全国的には無名の存在でした。

そこから大学4年間で、球速も体も一回り大きくなっています。

角田楓斗投手のプロフィールや経歴、球種、家族、そして彼女の有無まで、気になる情報をまとめました。

ドラフト前にぜひチェックしてください!

角田楓斗のプロフィールと基本情報

まずは角田楓斗投手の基本データを一覧で確認しておきましょう。

氏名:角田 楓斗(かくた ふうと)
生年月日:2004年9月23日
出身地:青森県弘前市
身長 / 体重:178cm / 85kg
投打:右投左打
ポジション:投手
経歴:弘前市立第一中学校→東奥義塾高校→富士大学

角田楓斗の経歴と野球人生の軌跡

小学生で野球を始め、大学では日本代表にまで選ばれた角田楓斗投手。

子供時代から順に、これまでの歩みを振り返ります。

小学生・中学生時代の原点

野球との出会いは幼少期です。

野球経験のある父の影響で、小さな頃からボールやバットが身近にありました。

小学3年生で地元の「城東スポーツ少年団」に入り、本格的にプレーを開始。

当時からプロへの憧れは強く、日々の練習に励んでいたそうです。

中学は弘前市立第一中学校に通いながら、硬式クラブチームの「藤崎桜城リトルシニア」でプレー。

硬式球ならではの技術や実戦感覚をこのシニアで磨いていきました。

ジュニア期に築いた土台がのちの飛躍につながっていきます。

東奥義塾高校時代の決意

中学卒業後は地元の名門・東奥義塾高校に進学。

1年夏の独自大会からベンチ入りし、投手と外野手を兼任してチームを支えました。

2年秋にはエースナンバーの背番号1を任され、青森県大会3位、東北大会は2回戦まで進出。

ただ、3年夏の青森大会は準々決勝で八戸学院光星に敗れ、甲子園には届きませんでした。

当時の最速は143キロ。全国的にはまだ無名でした。

転機は同級生の中田歩夢選手(現・巨人)がプロの世界へ進んだこと。

身近な仲間の活躍が大きな刺激になりました。

「大学でさらに自分を追い込み、必ずドラフト1位でプロに行く」

そう決意したのが、この時期です。

富士大学での飛躍と日本代表

進学したのはプロ野球選手を多く輩出し、トレーニング環境も整った岩手県の強豪・富士大学です。

ここから角田楓斗投手は大きく変わります。

最初に取り組んだのは肉体改造。

トレーニングノートをつけ続け、食事管理と8時間の睡眠も徹底しました。

入学時に73kg付近だった体重は、約13kg増の85kgに。

パワーアップに合わせて球速も伸び、1年時に150キロを突破。

成績にもその成長ははっきり表れています。

3年春のノースアジア大学戦戦では、1試合19奪三振で完封勝利。

19奪三振は連盟タイ記録でした。

4年春は4勝1敗、防御率1.13で、MVP・最優秀防御率・ベストナインを受賞。

全日本大学選手権では松山大戦の7回14奪三振など、2試合で計22個の三振を奪っています。

4年夏には侍ジャパン大学代表に選出。

台湾で開かれた第1回WCBC(ワールド・カレッジ・ベースボール・チャンピオンシップ)の決勝・アメリカ戦で、リリーフとして勝利投手になり、日本の初代王者獲得に貢献しました。

4年秋のリーグ戦は、5試合すべてに先発して4勝0敗、防御率0.88。

チームを連覇に導いて2季連続のMVPに輝いています。

ドラフト1位候補と呼ばれるのも納得の成績ですね。
角田楓斗

角田楓斗の球速・球種とフォーム

角田楓斗投手の最大の武器は三振を奪う力です。

ストレートの質と変化球の使い分けを順に見ていきましょう。

最速153キロのストレート

角田楓斗投手は低い重心のフォームから最速153キロのストレートを投げ込みます。

常時140キロ台後半から150キロ台をマークし、低めからでも打者の手元で伸びていく球質です。

4年間の成長は数字にも出ています。

被打率は1年時の.182から、4年時には.109まで低下。

奪三振率(K/9)は14.11にのぼります。

直球でファウルや空振りが取れるため、常に投手有利のカウントで勝負できるのも強みです。

多彩な変化球と投球スタイル

そのストレートを引き立てるのが、多彩な変化球と配球です。

持ち球は縦スライダー、カットボール、フォーク(スプリット)、カーブ。

カウントを整えるカットボールと、手元で鋭く落ちるスプリットは空振りを奪う精度が高く、打者は狙いを絞れません。

勝負どころでは、直球と変化球を見分けのつかない軌道から投げ分け、三振の山を築きます。

先発としての試合づくりもうまく、相手を問わず自分のペースに持ち込めるのが角田楓斗投手の持ち味です。

角田楓斗の家族構成と両親の支え

角田楓斗投手の活躍の裏には、いつもそばで支えてきた家族がいます。

家族構成と両親のエピソードを紹介します。

両親と弟の4人家族の構成

角田楓斗投手は父・母・本人・弟の4人家族。

青森県弘前市で育ち、小・中学校は地元のチームでプレー。

高校も自宅から通える東奥義塾でした。

実家を離れたのは、岩手の富士大学に進んでからが初めて。

以降は寮生活を送っています。

2人兄弟の長男で、弟がいることは分かっていますが、名前や年齢、野球経験などは公表されていません。

地元・弘前で育った環境と家族の絆が角田楓斗投手の野球人生の土台です。

父親と母親のエピソード

角田楓斗投手の父の健徳さんは野球経験者。

幼い頃からバットやボールを遊び道具として息子に与えていました。

小学3年で城東スポーツ少年団に入るきっかけをつくったのもお父さんです。

角田楓斗投手の母の志穂さんには、現実的な助言を送ったエピソードがあります。

幼い頃から「将来は絶対にプロ野球選手になりたい」と話す息子に、「プロ以外の違う道も考えておいてもいいんじゃないか」と伝えたそうです。

大学での肉体改造では、食事の栄養バランスや生活面を管理して支えました。

父は野球との出会いを、母は体づくりの土台を。

それぞれの形の支えが今の球威とタフな体につながっています。

角田楓斗の彼女は?理想の家庭像と素顔

マウンドでの姿とは違う、角田楓斗投手のプライベートな一面も気になるところ。

彼女の有無や理想の家庭像、意外な素顔を紹介します。

彼女の有無と好みのタイプ

現時点で角田楓斗投手に彼女がいるという情報は見つかっていません。

プロ入りという目標に向けて、野球中心の生活を送ってきたようです。

理想の家庭像を聞かれると、「料理が上手な家庭的な人がいい」と回答。

厳しい練習の後に、手料理で迎えてくれる人がいたら心強いはずです。

家庭的な温かさを大切にしたい、という素顔がうかがえます。

犬を飼いたいという一面

角田楓斗投手はどうbが大好きなのだとか。

祖父母の家では、以前に犬を飼っていました。

ただ、自分の実家は野球で忙しく、飼うことはできなかったそうです。

将来、生活に余裕ができたら「犬は飼いたいです」と話しています。

ペットに囲まれた穏やかな暮らしを思うと、親しみがわきますね。

角田楓斗のまとめ

今回は富士大学の角田楓斗投手を紹介しました。

高校時代の最速143キロから、体づくりと日々の積み重ねで最速153キロへ。

1試合19奪三振などの実績を支えたのは、野球の入り口をつくった父と、食事面を支えた母をはじめとする家族でした。

いよいよドラフト会議。

夢だったプロの舞台での活躍を楽しみに応援していきましょう!

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