サッカー選手を引退後、タクシー運転手に転職した坂本唯那(さかもと ゆいな)選手

その後、新競技「テックボール」と出会い、わずか短期間で日本代表へと登り詰めました。

さらに世界選手権では日本勢初となる銅メダルを獲得!

異色の経歴を持つ、いま注目のアスリートです。

この記事では坂本唯那選手のプロフィールや波乱万丈な経歴をご紹介します。

あわせて、テックボールの魅力やルールも分かりやすくまとめました。

ぜひ最後までご覧ください。

坂本唯那のプロフィールと主な戦績

まずは坂本唯那選手の基本情報と、テックボール転向後の主な戦績を見ていきましょう。

坂本唯那の基本プロフィール

坂本唯那選手1995年10月23日生まれ大阪府出身です。

最終学歴は滋賀県の甲賀健康医療専門学校です。

現在は「TEQBALL CLUB ORTUS」に所属し、世界のトップ舞台で活躍中!

実は「得意なモノマネ」という意外な特技も持ち合わせています。

競技中の真剣な表情とのギャップも魅力の一つです。

世界大会での主な試合結果

坂本唯那選手は、テックボール転向後すぐに国際大会で結果を残してきました

2024年6月・7月:TEQBALL World Series(QuyNhon / Qingdao)
女子ダブルスベスト8、ミックスダブルスベスト18・32。

2024年12月:TEQBALL 世界選手権
女子シングルスベスト32、ミックスダブルスベスト16。

2025年4月:TEQBALL World Series Jinan
女子シングルス・ミックスダブルスともにベスト16。

2025年:World Teqball Championships 2025(ルーマニア)
女子シングルスで銅メダルを獲得!

この銅メダルは、日本テックボール史上初の快挙です。

坂本唯那のサッカー時代と引退

坂本唯那選手の根底にあるのは、長年培ってきた高いサッカー技術と豊富な競技経験です。

幼少期からボールを追い続け、国内外のリーグで攻撃の要として活躍したサッカー時代の歩みと、28歳で訪れた大きな決断を見ていきましょう。

サッカー選手としての歩み

坂本唯那選手は小学生の頃からサッカー一筋の少年時代を過ごしました。

若くから才能を発揮し、全国レベルの舞台でも活躍しています。

抜群のボールキープ力とシュートセンスを武器に、常にチームの攻撃の要としてゴールに絡み、勝利に貢献してきました。

専門学校進学後は、滋賀県甲賀市を拠点とする「FC BASARA甲賀レディース」に入団し、国内でプレーを継続しました。

その後、22歳となった2018年4月、一転して海外へ渡る決断を下します。

ドイツの「BASARA Mainz」へ移籍。

さらに同じくドイツの「TSV SCHOTT」でもプレーを重ね、海外のタフな環境で技術と精神力を磨き上げました。

帰国後は、古巣の「SASAYURI FC SHIGA」(2014年にFC BASARA甲賀レディースから改称)へ復帰。

国内外のクラブで実戦経験を積み重ね、長年にわたり一線級の女子サッカー選手としてピッチに立ち続けました。

28歳での引退とセカンドキャリア

10代から20代後半まで、サッカーに全力を注いできた坂本唯那選手

28歳を迎えた2023年12月20日現役引退という大きな岐路を迎えます。

子供の頃から生活の中心にあったサッカーから離れる決断は、決して簡単ではありませんでした。

それでも彼女は、新たなセカンドキャリアを求めて勇気を持って一歩を踏み出します。

タクシー運転手から世界3位への軌跡

サッカー引退後、タクシー運転手として働き始めた坂本唯那選手

「テックボール」との出会いをきっかけに、わずか短期間で世界の頂点と渡り合うアスリートへと駆け上がった軌跡を追っていきましょう。

タクシー運転手時代の出会い

サッカーを引退した坂本唯那選手は、新しい人生の第一歩としてタクシー運転手の職に就きました。

とはいえ、スポーツへの情熱が消えていたわけではありません。

引退から1ヶ月ほど経ったある日、知人から「こんなスポーツがあるけれどやってみないか」と一つの動画を見せられます。

それが、湾曲したテーブル上でサッカーボールを打ち合う新感覚スポーツ「テックボール」との出会いでした。

動画を観た瞬間、「めちゃくちゃ楽しそう!」と心を強く動かされたそうです。

すぐに実際のコートへ足を運ぶと、一発でその魅力にハマりました。

そこからは、昼間はタクシー運転手として働きながら、仕事以外の時間をすべてテックボールの練習に充てる日々が始まりました。

諦めきれなかったアスリートとしての情熱が、再び燃え上がったのです。

世界選手権で銅メダル獲得の快挙

練習開始からわずか4ヶ月後、坂本唯那選手はベトナムで開催された国際大会に初出場を果たします。

この大会で着実に結果を残したことで、「本気で世界一を目指そう!」と心に火がつきました。

その言葉通り着実に実力をつけ、迎えた世界選手権(World Teqball Championships 2025)の大舞台。

女子シングルスに出場した坂本唯那選手は、体格とパワーに勝るヨーロッパの強豪選手たちと次々と対戦します。

フィジカル面では苦戦を強いられたものの、長年サッカーで磨いてきた足元の技術と繊細なボールタッチを武器に対抗。

強豪スペインの選手を破って準々決勝に進むと、ドイツの若手選手とのフルセットの激闘を制し、準決勝へ進出しました。

準決勝では惜しくもルーマニアの実力者に敗れたものの、日本勢として初めて銅メダルを獲得。

この結果は、日本テックボール協会の記録にも新たに刻まれることになりました。

新競技テックボールのルールと魅力

坂本唯那選手が魅了され、世界3位にまで登り詰めた「テックボール」

サッカーと卓球が融合したこの新感覚スポーツについて、基本ルールや世界的な広がり、競技としての魅力を解説します。

サッカーと卓球が融合したルール

テックボール(Teqball)は、2014年にハンガリーで誕生した比較的新しい球技です。

最大の特徴は、中央部分がゆるやかに湾曲した専用の「Teq Table(テックテーブル)」を使う点にあります。

この曲面を描いた卓球台のようなテーブルを挟み、サッカーボールを打ち合って得点を競います。

基本ルールとして、プレイヤーは手や腕(反則となる部位)以外、つまり「足・太もも・胸・頭」でボールをコントロールしなければなりません。

相手コートから返ってきたボールは、自陣で「3回以内」のタッチで返球する必要があります。

一見シンプルなルールですが、テーブルの湾曲でボールのバウンドが複雑に変化するため、瞬発力と正確なボールタッチが求められる競技です。

テックボールの持つ高い競技性

テックボールの最大の魅力は、手を使わずに自在にボールを操る、アクロバティックで華麗なプレーです。

アタックやレシーブでのダイナミックなヘディング、足裏やボレーを使ったテクニカルなショット。

観客を大いに魅了するテックボールの見どころです。

世界中でサッカー経験者はもちろん、さまざまなスポーツ経験者がその奥深さに引き込まれているのも納得ですね。

坂本唯那が掲げる今後の夢と目標

世界選手権で銅メダルを獲得した坂本唯那選手ですが、挑戦はここで終わりません。

「世界一への挑戦」と「次世代への道づくり」という2つの目標を見ていきましょう。

世界一への挑戦

坂本唯那選手が国際大会で最も苦戦したのは、海外選手の体格とパワーでした。

体格に恵まれた海外のトップ選手は、強烈なアタックとフィジカル能力が武器。

それでも坂本唯那選手は「細かい技術では私も負けていなかった」と手応えを口にします。

体格差という課題に向き合いながらも、長年培った正確なボールタッチとコントロール技術を極め、世界No.1の座を見据える厳しいトレーニングを今も日々続けています。

次世代への「道」づくり

坂本唯那選手の目標は、自分がプレイヤーとして結果を残すことだけではありません。

マイナースポーツから急成長を遂げるテックボールで、後続の選手たちがより良い環境でプレーできるようにすること。

それも彼女が掲げる使命です。

「次の世代が夢を持って本気で頑張れる環境をつくりたい」という思いから、自らの活動を通じて競技の普及や認知向上に取り組んでいます。

自分が切り拓いた道が、未来の日本代表選手たちの夢につながっていく。

そう願いながら、坂本唯那選手は今日もトレーニングを続けています。

坂本唯那とテックボールのまとめ

サッカー選手からタクシー運転手を経て、新競技「テックボール」の世界に飛び込んだ坂本唯那選手

競技開始からわずかな期間で日本代表となり、世界選手権では日本勢初の銅メダルを獲得しました。

現在は世界一を目指して技術を磨きながら、次世代の選手たちのための競技環境づくりにも力を注いでいます。

日本テックボール界のパイオニアとして、坂本唯那選手がこれからどんな景色を見せてくれるのか楽しみです。

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