平井克典(西武)結婚した嫁は?日本代表に選出!球種や出身校も!

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昨年Honda鈴鹿から西武へ入団した平井克典投手。
1年目から42試合に登板し、防御率2.40とすばらしい成績を残し、西武のAクラス入りに貢献しました。

もっと注目されてもいいはずの投手なのに・・・と思っていましたが、さすが日本代表の稲葉監督はしっかり見ていたようです。
「第1回アジア プロ野球チャンピオンシップ」の日本代表に選出されています。

 

名前:平井克典(ひらい かつのり)
生年月日:1991年12月20日
出身:愛知県一宮市
身長:180cm
体重:83kg
投打:右投げ右打ち
背番号:25
経歴:一宮市立浅野小学校→一宮市立南部中学校→飛龍高校→愛知産業大学→ホンダ鈴鹿

 

平井投手は、小学2年生から「浅野少年野球クラブ」で軟式野球を始めました。
中学生では「愛知江南ボーイズ」に所属。
中学卒業後は、静岡県沼津市にある飛龍高校に進学します。

高校では、1年生の夏からベンチ入りします。
しかし、同学年に山下大輝投手(現・西濃運輸)という好投手がいたために3年間控え投手いう立場ですごしました。

2年夏には山下投手と2枚看板として活躍し、静岡県大会ベスト4を経験しています。
3年夏は3回戦で敗退。
山下投手が全試合一人で投げ抜いたため、高校最後の夏は、平井投手は1度も登板することなく終わってしまいました。

大学は、愛知産業大学に進学。
2年生の春のシーズンから試合に出場し、
3年秋のリーグ戦から、先発2番手として1勝4敗、
4年春のリーグでは、先発1番手として、1勝6敗
と特別目立った成績は上げられていません。
そのため、大学4年生になっても、社会人チームからのオファーもありませんでした。

しかし、自分自身の野球人生にまだ納得していなかった平井投手は、積極的に自らの売り込みを行い、「Honda鈴鹿」に入社します。

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○サイドスローに転向し、才能が開花
Honda鈴鹿では1年目から公式戦に出場しますが、特にいい成績は収めることはできませんでした。
社会人1年目を終えた時には
「このままだとクビになるぞ」
と首脳陣に言われてしまいます。

平井投手は、このままではダメだと思い、それまでのオーバースローからサイドスローにフォーム改造を行いました。
そのフォーム改造が大成功!

社会人2年目は公式戦17試合に登板し、68回1/3で13失点防1.32の好成績を記録します。
3年目の「JABA長野県知事旗争奪野球大会」では、チームの24大会ぶりの優勝に貢献するとともに、自身も最高殊勲選手のタイトルを受賞します。

さらに、都市対抗野球と日本選手権では、合わせて3勝を上げる活躍を見せています。

そして、その年のドラフトで西武5位で指名されプロ入りを果たしました。

 

○スライダーがすごい
平井投手の武器は、最速146km/hのストレートと驚異の切れ味を持つスライダーです。
その他にもシュートとシンカーが投げれるようです。

スライダーは、控え投手だった高校の時からすごかったそうで、当時の浜野洋監督が
「高校時代からスライダーは天下一品だった」
と言うほどです。

本人も
「スライダーだけは磨き続けてきた」
と自信を持ってるボールです。

 

○入団前に結婚
平井投手は、ドラフト直後の2016年の11月に杉下知咲佳さんと結婚されています。
知咲佳さんのほうが5歳上の“姉さん女房”で、入団交渉に同伴するぐらいのラブラブさです。

 

平井克典投手は、2年目以降ますます重要な場面での登板が増えていくことが予想されます。
得意のスライダーを武器に、西武の中継ぎ陣を支えていってほしいですね。

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