野球

原田英彦監督(龍谷大平安)の筋肉が凄い!息子やプロフィールも!

高校野球の名門・龍谷大平安高校原田英彦監督。
監督になってからすでに25年以上になり、監督として甲子園通算30勝を挙げている高校野球界の名将中の名将です。
龍谷大平安が甲子園通算100勝を達成した2018年の夏には「お前ら最高だぜ!」の決めセリフでも注目を集めていました。
すでに年齢は60歳近いですが、平安愛に溢れたとても熱い監督です。

プロフィール


名前:原田 英彦(はらだ ひでひこ)
生年月日:1960年5月19日
出身:京都府京都市
経歴:京都市立九条中学校→平安高校(現・龍谷大平安)→日本新薬

 

現役時代

小学生の頃から自転車で練習グランドまで観に行くほど、平安高校に憧れていました。
どうしても平安高校に行って、いち早く野球部のレギュラーを勝ち取りたかったため、平安中学を受験するも失敗して、公立の中学へと進みます。
その後、高校受験で念願の平安高校に入学すると、1年生の秋から外野手のレギュラーを獲得しました。
しかし、高校3年間で甲子園出場は叶いませんでした。

高校卒業後は社会人野球の日本新薬へ入社。
13年間社会人野球でプレーし、都市対抗野球大会に10回も出場しました。

 

監督へ就任

現役を引退して、社業に集中しようと思っていた頃に、低迷していた母校の野球部から監督になってほしいという誘いを受けます。
当時、すでに結婚して子供もいたこともあり、悩みましたが、1993年の秋に33歳の若さで平安高校の野球部監督となりました。

 

監督時代

長い低迷が続いていた平安高校でしたが、原田監督の情熱粘り強い指導によって、見事に復活を果たしました。
原田監督が就任して以降は、2018年春のセンバツの時点で、甲子園には春夏合わせて18回も出場しています。

最高成績は、は1997年に川口知哉投手(元・オリックス)を擁しての準優勝
センバツでは2014年に高橋奎二投手(現・ヤクルト)を擁して日本一を達成しています。

 

家族

奥さん息子が1人、娘が2人の5人家族です。
息子の力斗さんも龍谷大平安高校野球部の出身。
2004年から2006年にかけて、父親の下で甲子園を目指しましたが、残念ながら甲子園出場はなりませんでした。

 

ディズニー好き

龍谷大平安高校の100勝がかかった2018年。
この年、原田監督は「俺はこの夏、壊れるからな」と選手たちに宣言すると、厳しい態度で指導し、なかなか笑顔を見せませんでした。

しかし、その姿勢を一変させます。
試合中に好プレーがでたら「よっしゃ!」とガッツポーズをし、打線が乗ってくると「よし、行け」と笑って送り出すようになりました
そして、試合終了後のインタビューでは「お前ら最高だぜ!」と叫ぶのがお約束となり、話題になりました。

実はこの言葉は、ディズニーシーのアトラクションである「タートル・トーク」のウミガメのセリフを真似たものなのです。
高校野球の監督とディズニーはあまり縁がないような気がしますが、原田監督はディズニーが大好きだそうです。
すでにお孫さんがいるそうですから、お孫さんの影響でしょうか!?

 

平安愛と筋肉

「私は平安が好きです。一番の平安ファンでもあるんです」
と公言する原田監督。
「奥さんがユニフォームと下着を一緒に洗濯しようとしたら、激怒して離婚騒ぎになった」
という仰天エピソードがあります。

また、原田監督の胸板はいつ見ても分厚いし、腕の筋肉も凄い!
今でもベンチプレスで100キロを上げるそうです。
これも実は、ユニフォームの胸のHEIANの文字を美しく見せるためなんだとか。
ただ、最近では、筋肉をつけすぎたのか、ノックする際におっぱい周辺の筋肉が邪魔で振りづらいそうです。

そんな野球への情熱と平安愛に溢れる原田監督には、今後も健康には気を付けてもらって、一つでも多く甲子園で勝ち星を積み上げていってほしいですね。