岩下修一(打撃投手/日本ハム)の成績は?白血病から復帰し活躍!

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今回は日本ハムファイターズ打撃投手を務めている、岩下修一さんについて調べてみました。

現役時代は左の中継ぎとして活躍していましたが、プロ入り2年目白血病と診断され、闘病生活を経験されています。
抗がん剤の激しい副作用に苦しみながらも、病気を克服し、復活!
オリックス、日本ハムと通算7年間プレーされました。

中継ぎという役割から、そんなに目立つタイプの選手ではありませんでしたが、「ザ・プロフェッショナル」といった感じで、与えられた仕事を確実にこなしていくといった印象のピッチャーでした。
プロで100試合近く投げて、一度も負け投手になっていないという、地味にすごい記録の持ち主でもあります。

プロフィール


名前:岩下 修一(いわした しゅういち)
生年月日:1973年6月2日
出身:静岡県浜松市天竜区
身長:177cm
体重:87kg
投打:左投げ左打ち
ポジション:ピッチャー
経歴:静岡県立浜松工業高校→三菱重工自工名古屋→三菱自動車岡崎→オリックス・ブルーウェーブ→オリックス・バファローズ →北海道日本ハムファイターズ

 

アマからプロ入りまで

浜松工業高校を卒業後、三菱重工自工名古屋でプレーしています。
分離した三菱自動車岡崎を経て、1999年のドラフトオリックス・ブルーウェーブから4位で指名を受け、入団しました。

オリックスでは、イチロー選手と同じ年齢ですね。
ただ、高卒でプロ入りしていたイチロー選手は、2000年オフにはポスティングでメジャーリーグに移籍していますので、一緒にプレーしたのは1年だけということになります。

 

白血病と復帰

1年目から、貴重な中継ぎ左腕として、44試合に登板。
1勝0敗、防御率3.86という順調なプロでのスタートをきりました。

しかし、プロ入り2年目の2001年7月体のだるさを感じて病院に行くと、急性骨髄性白血病と診断されました。
抗がん剤治療を受け、副作用に苦しみながらも
「もう一度マウンドに立つ」
という強い気持ちで病と闘い、なんと、その年の11月には退院
そして、2002年3月10日、教育リーグの近鉄戦で約8カ月ぶりの実戦マウンドに立っています。

岩下投手の場合は、抗がん剤の効きが良く、合併症などが出なかったことも、早期回復につながったそうです。
それでも、入院中には深夜にストレッチャーが慌ただしく動く音が聞こえてきたり、患者がいたはずの病室が空室になっていたりと、命の危険を感じる毎日を送っていたといいます。
当時を振り返って
「一日一日だった。5年後、10年後なんて考えられなかった」
述べられています。

その後、2005年までオリックスでプレーしますが、戦力外通告を受け退団。
2006年はテスト入団を経て、北海道日本ハムファイターズでプレー。
しかし3試合の登板にとどまり、再び戦力外通告を受け、現役引退しています。

その後、打撃投手に転向しました。

 

選手としての特徴

左のサイドハンドから繰り出すクセダマと、マウンド度胸、コントロールの良さを武器に活躍されていました。
変化球はシュート、スライダーなど。
現役通算7年間で98試合に登板し、3勝0敗。防御率4.57。

 

まとめ

退院してからは、血液の異常も全くなく、今では普通の人と全く変わりのない生活を送られています。
ただそれでも、
「自分の最後が突然、くるかもしれない。だから、その日できることを精いっぱいやろうと思う。一球一球、できるだけいい球を投げたいね」
と語られています。

岩下投手の存在は、同じ病気で苦しむ人の希望になっていると思います。
これからも打撃投手として、1日でも長くチームを支えていってほしいですね。

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