野球

河村唯人(日大三)がイケメン!出身中学や球速球種やフォームも!

今年の日大三高校は、昨年の櫻井周斗投手(現DeNA)のような絶対的なエースがいないために、3年生の中村奎太投手河村唯人投手、2年生の井上広輝投手廣澤優投手らの継投によって勝ち上がってきました。
※とは言っても、上に挙げた4名は全員、将来的にはプロに入る可能性がある選手です!レベル高い!

日本一になるためのカギを握りそうなのが、その中で唯一のサウスポー・河村唯人投手。
背番号は10ですが、西東京都大会では、チームトップの26回1/3を投げており「実質エース」と言われたりもしているピッチャーです。
3年夏は西東京都大会から全試合にリリーフ登板していて 監督からの信頼も厚いことがうかがえます。

 


名前:河村 唯人(かわむら ゆいと)
出身:埼玉県所沢市
身長:175cm
体重:74kg
投打:左投げ左打ち
ポジション:ピッチャー
経歴:所沢市立柳瀬中学校→日大三高校

 

河村投手は、「柳瀬ジャイアンツ」で野球を始めました。
小学6年生の時には、セレクションを勝ち抜き「埼玉西武ライオンズジュニア」でプレーした経験もあります。
中学時代は「所沢中央リトルシニア」に所属。
中学3年生の夏には、日本リトルシニア野球協会からの推薦を受け、リトルシニア日本代表としてMCYSAワールドシリーズ(全米選手権)大会へ出場しました。

 

〇日大三高
中学卒業後は、東京にある日大三高校に進学します。
2年秋の新チームでは、最初はエースナンバーの「背番号1」を付けていました。
しかし、2年生秋の東京都大会では、チームは優勝したものの、河村投手は、2試合だけの登板に終わります。
内容も4イニングを3失点(自責点2)と振るわず、翌春のセンバツでは、「背番号1」を中村投手に譲り、「背番号10」を付けてプレーしていました。

センバツでは2回戦の三重高校戦ではピンチにリリーフ登板。
しかし、相手の勢いを止めることが出来ずに2失点し、チームも敗れてしまいました。
これに河村投手は
緊急登板で心の準備もできていなかった。状況も分からず、冷静さに欠けていた」
と反省。
さらには
「このままではベンチを外れる」
とまで考え、ブルペン段階から気持ちを入れて登板に備えるようになりました。

 

○転機
今年の春の都大会準決勝の早稲田実業戦で、2番手で登板していた井上広輝投手が肘の痛みを訴え、緊急降板したことがありました。
このチームのピンチに登板し、見事0点に抑えています。
「あの日抑えられたおかげで自信がついた」
と、心の準備が間違いではなかったことを実感したそうです。

3年夏の西東京都大会では、背番号10ながらも、全試合にリリーフ登板
チームトップの26回1/3を投げて、優勝に貢献します。
特に日大鶴ケ丘との決勝戦では、4回からリリーフとして登板すると、6イニングを4安打1失点
最終回には3者連続三振を奪い、サヨナラ勝ちを呼び込む活躍をみせました。

 

○プレースタイル
河村投手は、ヤクルト・成瀬投手に似たボールの出どころが見にくい「招き猫フォーム」から、最速141km/hのストレートを投げ込みます。
変化球の球種は、チェンジアップ、 スライダーなど。
河村投手は自身の投球フォームについて
「小学校の時は腕が全部見えている感じでしたが、中学の時に映像を見て格好悪いなと思ってテークバックを小さくしたら、出どころが見えにくいと言われるようになりました」
と話しています。

 

〇まとめ
日大三の投手陣は、背番号1の中村投手が、西東京都大会で右腕をつって途中で降板した影響があるのか、本調子とは言えず、U18日本代表候補の2年生・井上投手も、故障から復活したばかりで無理はできません。
また、同じ2年生の廣澤投手も、ここまで1試合の登板で経験不足は否めません。
やはり、今後も河村投手は重要な場面で登板することになりそうですね。
7年ぶりの日本一のためには、河村投手の活躍が必要不可欠です。