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粟津凱士(東日本国際大)の読み方はあわつ!ドラフト評価や中学高校は?

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東日本国際大学粟津凱士投手。
元西武の潮崎哲也投手の動画を見て研究したシンカーを武器に、全国大会で完封するなど、プロからの評価が急上昇中のピッチャーです。

 


名前:粟津凱士(あわつ かいと)
生年月日:1997年3月1日
出身:山形県山形市
身長:180cm
体重:80kg
投打:右投げ右打ち
ポジション:ピッチャー
家族:両親と姉
経歴:山形市立第七小学校→山形市立第二中学校→山本学園高校→東日本国際大学

 

粟津投手は、小学年生から「山七小ブラックタイガース」で野球を始めました。

中学時代は軟式野球部に所属。
その頃は、まだピッチャーではなく、サードとしてプレーしていました。

 

〇山本学園
高校は、地元の山本学園に進学。
高校1年生から、ピッチャーを始めました。

2年生の秋にはエースとして、チームを創部26年目で春夏秋合わせて初の県大会優勝に導きます。
続く東北大会では、初戦の弘前学院聖愛戦で先発しますが、4回2/3でKOされ、チームも2対8で敗れてしまいました。

初の甲子園出場のために活躍を期待された粟津投手でしたが、2年秋以降、調子を落としてしまい、3年春の山形県大会ではエースの座を奪われてしまいます。

3年夏の山形県大会でも、調子は上がらず控え投手としてベンチ入り。
登板機会がないままチームは初戦で敗れ、粟津投手の高校野球は終了しました。

粟津投手は
「高校で野球はやめようと思っていた」
と、高校卒業後は野球を続けるつもりはなかったようです。
しかし、東日本国際大に進学予定だったチームメイトが引退することになり、代わりに入学することになりました。

 

〇東日本国際大
大学では、1年春のリーグからベンチ入りを果たします。
3年生の時には、それまでのサイドスローから腕を少し上げたスリークォーターにフォームチェンジを行いました。

3年秋のリーグ戦からは、船迫大雅投手に次ぐ先発2番手の座をつかみ、3勝1敗、防御率0.45(リーグ1位)とすばらしい成績を残します。

さらに4年春のリーグでは、5勝0敗、防御率0.28で、優秀選手賞、最多勝利投手賞、ベストナインを受賞。
続く大学野球選手権でも、2回戦・京都学園大戦で、無四球完封勝利を収めるなど2試合に登板し、12回2/3を無失点と、全国に通用するところを見せています。

 

○プレースタイル
粟津投手のフォームは、サイド気味のスリークォーターです。
3年春まで、最速142km/hだったストレートも、ウェイトトレーニングによって、3年秋には145km/hを出すまでに成長しました。

変化球は、スライダー変化の異なる大小の2種類のシンカーです。

 

○シンカー
粟津投手の一番の武器は、シンカーです。
遅いシンカー速いシンカーの2種類があり、両方でカウントも空振りも取れます。

大学3年生の時に、同じシンカーを武器としていた元西武の潮崎哲也投手を動画サイトで徹底研究し、中指と薬指に挟む独特の握りをマスターしました。
今では握りの深さを変えることで
「曲げ幅と落とし幅を調整できるようになった」
と自信を深めています。

 

○スカウトの評価
DeNA・武居邦生スカウト
「指名されるチャンスが出てきたのでは」

 

高校までで野球を辞めるつもりだった人が、思い掛けず大学で野球を続けることになり、さらには、プロ注目の選手にまでに成長しています。
人生、何があるかわかりませんね。
粟津投手がプロ志望かどうかは、公表していないのでわかりませんが、ここまできたら、プロに行って活躍しちゃってほしいですね。

 

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