板川佳矢(横浜)は元サッカー少年?中学や球速は?ドラフト注目!

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名門・横浜高校1年生の秋からエースを任されている板川佳矢投手。
野球を本格的に始めたのは、なんと中学生から!
しかも軟式野球で、ピッチャーを始めたのは中学3年生からというから、なおさら驚きです。
ピッチャーを始めて一年半
硬式ボールを握ってからなら、半年足らずで、横浜のエースにまで登り詰めるのは凄すぎですよね。

 


名前:板川佳矢(いたがわ よしや)
出身:栃木県
身長:173cm
体重:69kg
投打:左投げ左打ち
ポジション:ピッチャー
経歴:野木町立野木中学校→横浜高校

 

小学生までは、兄がやっていた影響でサッカーに夢中でした。
当時、憧れていたのは、セレッソ大阪の清武弘嗣選手やガンバ大阪の遠藤保仁選手だったそうです。
板川投手自身も、背番号「10」を付け、ミッドフィルダーとしてプレーしていました。

中学では、Jリーグのジュニアユースチームに進むことも考えるほどの実力を持っていたようです。

追記:サッカーと並行して、学童野球をやられていた。という情報もあります。

 

○野球転向のきっかけ
小学生のある日、友人と公園でキャッチボールをしている時、たまたま友人を知っている指導者が通りがかり、
「いい球を投げるな。ウチでやらないか」
と勧誘されたことが、野球を本格的に始めるきっかけになりました。

また、仲の良かった先輩が、中学の野球部だったこともあり、サッカーは辞めて「なんとなく流れで」野球部に入ることにしたと言います。

「なんとなく」で野球を始めて、横浜高校のエースとなり、甲子園出場までするのですから、板川投手の才能恐るべし。といった感じですね。
もちろん、ものすごい努力もされているのでしょうけれども。

中学では、3年になるまではファーストとしてプレーしていました。
3年からピッチャーを始めますが、変化球は投げられず、持ち球はストレートのみだったようです。
しかし、それでも地区予選を勝ち抜き、県大会に出場
横浜高校からスカウトを受けるほどの活躍をしました。

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〇横浜
横浜高校に入学後は、2年先輩の藤平尚真投手(現・楽天)の抜けた1年秋からエースとしてチームを牽引。
2年生の夏には、激戦区の神奈川県大会を勝ち抜き、優勝します。
甲子園では、初戦の秀岳館戦でリリーフとして2 回1/3を投げ、0点に抑えていますが、チームは序盤の失点が響き、4対6で敗れました。

エースの板川投手が、先発しなかった理由については、
「秀岳館には、川端健斗投手と田浦文丸投手という高校トップレベルのサウスポーがいて、打線も普段からその二人を相手に練習しているため、サウスポーを苦にしないから、あえて、右投手の塩原投手を先発させた」
などとも言われていますが、正確な理由は不明です。
この起用法については、横浜の監督がかなり批判されていましたね。

私も板川投手に注目していただけに、先発でなかったので、すごく残念な気持ちになったのを覚えています。

 

○プレースタイル
ストレートの最速は135km/hと、それほど速くはありませんが、数字以上のノビを感じさせます。
変化球は、カーブ、スライダー

ちなみに板川投手は、ボールを投げるのは左ですが、文字を書くなど日常生活はすべて右利きです。
サウスポーになったのは、「最初に野球のボールを投げた時が左だったから」です。

 

中学時代は
「中1から3年間は野球をやっていても、甲子園はどうでもいい存在だった」
という板川投手。
しかし今では、
「甲子園がなければ、もう自分じゃない」
というぐらいに思っているそうです。
ぜひ、高校最後の夏に、もう一度甲子園に戻ってきてほしいですね。
そして、今度は、先発で板川投手が投げるのを見てみたいものです。

 

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