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石岡諒哉監督(常葉大菊川)の結婚した嫁や子は?経歴や指導法は?

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常葉大菊川高校野球部石岡諒哉監督

石岡諒哉監督常葉大菊川高校のOBで、高校3年春センバツでは正捕手として日本一を達成しています。

社会人時代にはドラフト候補としても注目されていましたが、怪我イップスなどによりで活躍できませんでした。

現役引退後は2020年4月から母校の監督に就任。

2022年秋には東海大会準優勝に導き、監督としては初となる甲子園出場を決めています。

石岡諒哉のプロフィール

名前:石岡諒哉(いしおかりょうや)
生年月日:1989年5月3日
出身:静岡県浜松市
身長:175cm
体重:84kg
経歴:浜松市立有玉小学校→浜松市立積志中学校→常葉菊川高校(現・常葉大菊川高校)→新日本石油ENEOS(現・ENEOS)→新日鉄住金東海REX(現・日本製鉄東海REX)

石岡諒哉の現役時代

小中学校時代

石岡諒哉監督小学1年生から、浜松ジャガーズ野球を始めました。

中学時代浜松リトルシニアに所属。

中学3年時にはリトルシニア全国選抜野球大会に出場しています。

高校時代

常葉大菊川高校に進学後は、2年秋から正捕手の座を獲得。

田中健二朗投手(現・横浜DeNA)とバッテリーを組み、高校3年春センバツでは日本一を達成しています。


さらに甲子園には3年夏にも出場し、この時はベスト4入り。

また、大会終了後には日本高校選抜にも選出されていました。

高校通算15本塁打。

社会人時代

高校卒業後は、3年後のプロ入りを目標に新日本石油ENEOS(現・ENEOS)に入社しています。

新日本石油ENEOS時代には、チームは都市対抗で優勝をしていますが、
石岡諒哉監督はほとんど試合には出ておらず、4年間、ほぼブルペンキャッチャーでした。

社会人5年目2012年からは出場機会を求めて、新日鉄住金東海REX(現・日本製鉄東海REX)移籍。

新日鉄住金東海REXでは、イップス右肘の故障に苦しみ、代打DHでの出場ばかりでした。

そして、社会人7年目2014年に現役を引退

当時を振り返って、
「現役7年間は辛い思いしかない」
と話されていますね。

しかし、その時の経験が指導者となってからは役に立っているそうです。

「現役7年間は辛い思いしかない」と振り返りつつ「選手としては野球が嫌いになった時期もありましたが、そこでやれたのは指導者になった今となっては大きな財産です」と胸を張った。

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石岡諒哉の指導者時代

石岡諒哉監督2016年1年間浜松開誠館高校野球部副部長を務めています。

2017年から常葉大菊川高校事務職員として勤務しながら、野球部副部長を務め、
2020年4月から監督に就任しました。

就任3年目2022年秋静岡県大会では優勝し、東海大会に進出。

東海大会では準優勝に導き、センバツ出場を決めています。

石岡諒哉の指導方針

石岡諒哉監督が大切にしていることは
「当たり前のことを馬鹿になってちゃんとやる」
ということです。

やはりまずは基本ができていなければ、高いレベルのプレーはできないと考えているのかもしれませんね。

これは社会人の時代の経験が基になっているようです。

監督就任時には
「究極の姿は社会人野球です。まずは全てにおいて全力疾走。誰でもできることができなければ技術の向上はあり得ません。野球人としてグラウンドにふさわしい人間になるため、礼儀や言葉遣いなども含めもう一度見つめ直す。必死でやります」
とも話されていました。

石岡諒哉の結婚した嫁と子供

石岡諒哉監督既婚です。

奥さんについては一般人のようで、詳しいことはわかっていません。

2人の間には男の子一人います。

男の子はまだ幼いようですが、将来は常葉大菊川高校に入学して、とともに甲子園を目指すとこともあるかもしれませんね。

石岡諒哉のまとめ

監督として初の甲子園出場を決めた石岡諒哉監督

選手時代とは勝手が違うでしょうが、甲子園でも自身の目指す野球を貫いてほしいですね!