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道原慧(立教大)はアメリカ帰りのドラフト候補!父や出身高校は?

立教大学ドラフト候補道原慧選手

大学日本代表候補にも選ばれている超俊足イケメン外野手です。

小学6年生から中学3年生にかけては父の仕事の都合で、アメリカで暮らしており、英語もペラペラ!

大学4年生の今年はプロ志望届を提出し、プロ入りを目指しています。

道原慧(みちはらさとる)のプロフィール

名前:道原 慧(みちはら さとる)
生年月日:2000年10月11日
出身:千葉県船橋市
身長:172cm
体重:74kg
投打:右投げ左打ち
ポジション:外野手
家族:父、母、姉
経歴:船橋市立三咲小学校→ホフマンエステイツ・プラムグローブ中学校→仙台市立吉成中学校→駒大苫小牧高校→立教大学

道原慧(みちはらさとる)の父

道原慧選手お父さんの職業などはわかっていませんが、国際的な企業に勤められているようです。

道原慧選手小学6年生の時から、アメリカシカゴ転勤しています。

道原慧選手高校大学私立に通われているところをみると、かなり収入も多い仕事をされているのではないでしょうか。

道原慧(みちはらさとる)の小学校時代

道原慧選手小学1年生から二和タイガース軟式野球を始めました。

小学6年生からはお父さん転勤に伴い、家族でアメリカ・シカゴ移住

アメリカでも硬式のクラブチームパラタイン・バイパーズで野球を続けていた道原慧選手は、そのスピードから現地では“ニンジャ”と呼ばれていたそうです。

6歳から野球を始めた道原。「小学校ぐらいからずっと(足が)速くて、もうずっとチームで一番っていうタイプでした」と振り返る。小学5年生の時に父の仕事の関係で移住したアメリカ・シカゴでも野球を続け、そのスピードから現地では「ニンジャ」と呼ばれていた。

【ドラフト】シカゴでのあだ名は“ニンジャ” 日本記録に迫る俊足の立教大・道原慧が指名待つ 甲子園に憧れ高校は単身帰国

お父さんアメリカでの仕事は2016年の秋まで続いていましたが、
道原慧選手
「甲子園でプレーしている高校球児にすごく憧れを持っていた」
2015年中学3年の夏単身帰国しています。

道原慧(みちはらさとる)の高校時代

高校は北海道にある駒大苫小牧高校進学

高校では1年秋からベンチ入り
 
2年夏南北海道大会ではベンチ外になりますが、2年秋からは復帰し、センターのレギュラーを務めます。

2年秋には全道大会優勝を達成!

念願の甲子園出場を果たします。

しかし、背番号9を付け、7番・ファーストして出場予定だった初戦静岡高校戦では、試合前のノックが右目に当たり、負傷。

そのまま病院に搬送されて欠場し、チームも0対7で敗れてしまいました。


その後、道原慧選手3年夏南北海道大会でも復帰することはできずに、ベンチ外で高校野球を終えています。

道原慧(みちはらさとる)の大学時代

高校卒業後はアスリート選抜ではなく、得意の英語を活かし、自由選抜入試を経て、立教大学進学しました。

大学では2年春からベンチ入り


3年春のリーグ戦では1番・センターとして、打率.316ホームラン1本5打点の好成績を残しています。

3年生の冬には代表候補合宿を経験。

代表候補合宿50メートル走では、参加選手中2位5秒81をマークし注目を集めていました。

加えてタイム測定の計測方法も手動から光電管に進化したことで、より精度の高いタイム算出が期待された。
結果、タイムトップはやはり5秒80のドラフト1位候補・日本体育大の矢澤 宏太。そして矢澤にわずかに及ばない5秒81をマークしたのが立教大の道原慧外野手だった。

立教大セレクション入部の侍候補・道原慧 50m5秒台、快速二塁打でスカウトも注目 

手動ではなく、光電管での5秒81はすごいですね!

立教大学同期のチームメイトには荘司康誠投手、山田健太選手らがいます。

荘司康誠投手についてこちらを→荘司康誠(立教大)の父母や兄弟もすごい?出身中学高校は?ドラフト注目!

山田健太選手についてはこちらを→山田健太(立教大野球部)は中日ファンのドラフト候補!兄や大阪桐蔭時代の成績は?

道原慧(みちはらさとる)のプレースタイル

道原慧選手身長172cm体重74kgの小柄な外野手です。

50メートル走5秒81俊足が一番の武器。

主に一番打者としてチームを支えています。

遠投110メートル。

道原慧(みちはらさとる)の進路

道原慧選手はすでにプロ志望届提出済です。

道原慧(みちはらさとる)のまとめ

道原慧選手のような超俊足の選手は日本のプロ野球界では需要が高いです。

できれば、セ・リーグのチームに指名してもらって、高校時代に叶えられなかった甲子園でプレーしてほしいですね!