野球

田中多聞(呉港)はドラフト注目!父や名前の由来は?出身中学は?

呉港高校ドラフト候補田中多聞選手

「田中多聞」名前の読み方“たなか たもん”

甲子園出場経験はありませんが、“今年の中国地区の左打者ではナンバー1”と呼ばれる強肩強打の外野手です。

高校通算48本塁打のパワーを武器に高卒でのプロ入りを目指しています。

田中多聞(たもん)のプロフィール

名前:田中 多聞(たなか たもん)
生年月日:2004年10月24日
出身:大阪府八尾市
身長:183cm
体重:85kg
投打:左投げ左打ち
ポジション:外野手
経歴:近畿大学附属小学校→大阪体育大学浪商中学校→呉港高等学校

田中多聞(たもん)の父と名前の由来

田中多聞選手お父さん大阪会社を経営されています。

田中多聞選手「多聞(たもん)」という名前は、お父さんによって、闘いの神さまである“多聞天”から付けられたそうです。

「多聞っていう名前は、父がつけてくれました。昔の神さまで“多聞天”っていう闘いの神さまがいて、そこから名付けてくれたそうです」

 大阪で会社を経営する父親が好きな武将は楠木正成。負けん気の強い子に育てられた……という。

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田中多聞(たもん)の小中学時代

田中多聞選手小学5年生から藤の里アトムズ軟式野球を始めました。

中学時代南大阪ベースボールクラブに所属。

卒業後は、
「一番熱心に誘ってくれた」
広島県にある呉港高校進学します。

田中多聞(たもん)の高校時代

呉港高校1934年の夏には、ミスタータイガースと呼ばれた故・藤村富美男さんを擁し、甲子園優勝したこともある私立の学校です。

野球部の監督は、阪神などでキャッチャーとしてプレーしていた元プロ野球選手の片岡新之介さんが務められています。

田中多聞選手は高校では1年夏からベンチ入り

2年春広島県大会ではセンターのレギュラー兼ピッチャーとして活躍し、25年ぶりの準優勝に貢献しました。

2年夏広島県大会4回戦敗退で終え、秋の新チームから主将を務めます。

2年秋広島県大会初戦敗退

3年夏の広島県大会では、準々決勝優勝した盈進高校に惜しくも3対4で敗れ、甲子園出場はなりませんでした。

田中多聞(たもん)のプレースタイル

田中多聞選手は身体能力の高いプロ注目の外野手です。

チームでは主に4番打者を担い、高校通算48本塁打を記録。

また、肩も強く、ピッチャーとして最速145km/hをマークしたこともあります。

50メートル走6秒0。

田中多聞(たもん)の進路

田中多聞選手高校卒業後の進路について
「プロ1本で。かかるかは分からないですが、志望届を出したい」
とすでにプロ志望を表明されています。

田中多聞(たもん)のスカウト評価

巨人・武田スカウト
「ガッツがある。三拍子そろったポテンシャルが非常に高い選手」

阪神・山本宣史スカウト
「足も肩もあるし、中国地区の左打者ではナンバー1」

巨人・水野スカウト部長
「動きも良かったし、楽しみな選手だね」

DeNA・河原隆一スカウティングディレクター
「外野では黒田義信選手、藤田大清選手、田中多聞選手といった左打者に注目しています」

DeNA・進藤達哉編成部部長
「いいパワーをしているし、足も速い」

田中多聞(たもん)のまとめ

田中多聞選手は、プロ志望届を提出すれば、ほぼ間違いなく指名があるレベルの選手です。

これまで育ててくれたご両親のためにも、一つでも高い順位での指名があるといいですね!