神谷優太(湘南→愛媛)サッカー日本代表!彼女は?行動力が凄い!

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森保ジャパンが現在戦っている、「U-23アジア選手権」
その森保ジャパンのキャプテンを務めているのが神谷優太選手です。
ユース時代から、世代の主力だった神谷選手ですが、2017年の「FIFA U-20ワールドカップ」では、まさかのメンバー落ちを経験。
悔しい思いをしました。
2020年の東京オリンピックでは、しっかりとメンバー入りを果たすためにも、結果を残すことが求められています。

 

名前:神谷優太(かみや ゆうた)
生年月日:1997年4月24日
出身:山形県山形市
身長:176cm
体重:67kg
ポジション:MF
経歴:OSAフォルトナ山形→S.F.Cジェラーレ→東京ヴェルディジュニア→東京ヴェルディジュニアユース→東京ヴェルディユース→青森山田高校→湘南ベルマーレ→愛媛FC(期限付き移籍)

 

父親の影響で、4歳からサッカーに触れていた神谷選手。

山形市立桜田小学校1年の時から、「OSAフォルトナ山形」で本格的にサッカーを始めました。
「OSAフォルトナ山形」は、山形では1、2を争う強豪チームで、神谷選手が小学1年生の時、6年生には鹿島の土居聖真選手もいました。

小学4年生の頃、「全日本少年サッカー大会」で優勝した東京ヴェルディジュニアのプレーを見て憧れたがきっかけで、東京ヴェルディジュニアのセレクションを受け、合格。
小学5年生の終わりに、父親を山形に残し、母親と2人で上京し、入団しました。

その後、東京ヴェルディジュニアユース東京ヴェルディユースと順調に昇格した神谷選手は、高校1年生の時には東京都代表として国体に出場し、得点王と日本一に輝いています。

 

○柴崎岳選手に憧れて転校
小学6年生の時に、テレビで全国高校サッカー選手権大会の青森山田の試合を見て以来、青森山田高校の背番号10・柴崎岳選手に強い憧れを抱いていました。

高校は日出高校進学し、東京ヴェルディユースでプレーを続けていましたが、プレーに波があり、スタメンから外れてしまうこともあったようです。
「このままここにいても、『新しい自分』は生まれてこないと思った。新しい環境、それも『劇的に違う環境』で自分をイチから鍛え直さなければ、先に進めない」
そう考え、青森山田に行くことを決断しました。
小学生で山形から、東京に引っ越してきた時もそうですが、行動力がすごいですね。

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高校2年の1月に青森山田高校に編入。
青森山田では、柴崎選手と同じ背番号10付け、活躍。
高校3年の全国高校サッカー選手権では、チームとしては6年ぶりのベスト4入りに貢献いました。
自身も優秀選手に選ばれています。

 

〇プロへ
高校卒業後は、湘南ベルマーレに入団。
プロ入り1年目の2016年は、ナビスコカップ第3節の大宮アルディージャプロ戦でプロ初先発を果たすと、1年目はJ1で14試合出場
チームがJ2へ降格した2017年は、不調からJ2で7試合出場に終わっています。

2018年シーズンからは、出場機会を求めて、愛媛FCに期限付き移籍を決断。
愛媛FCでは、青森山田時代に付けていたエースナンバーの背番号「10」を背負うことも決まっていて、チームからの期待の高さがうかがえます。

 

○U-20代表から落選
2016年5月の「FIFA U-20ワールドカップ」のアジア予選ではレギュラーとしてプレーしていた神谷選手でしたが、チームでの不調が響き、2017年5月に行われた「FIFA U-20ワールドカップ」のメンバーからは落選しています。

 

〇彼女は?
イケメン選手ですから、彼女の存在も気になりますね。
調べましたが、確証のあるような情報は得られませんでした。
元ベルマーレクイーン・川野莉果と同居している? なんて噂もあるようですが、なんの根拠もありませんでした。

 

東京オリンピック出場に対して強い想いがある神谷選手。
代表と所属クラブの両方での活躍が期待されます。
そして、このまま代表に選ばれ続けて、東京オリンピック出場の夢が叶うといいですね。

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