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朝山広憲(Honda)は法政大学出身のドラフト候補!父がすごい?作新学院時代の成績は?

朝山広憲 Honda 法政大学

Hondaドラフト候補朝山広憲投手。

作新学院時代には二刀流として活躍し、3年連続甲子園に出場しているピッチャーです。

法政大学に進学後は、故障に苦しみましたが、4年秋には最優秀防御率に輝いています。

2年後のプロ入りを目指して入社したHondaでは1年目から活躍中です。

朝山広憲のプロフィール

名前:朝山 広憲(あさやま ひろかず)
生年月日:1997年11月25日
出身:神奈川県
身長:175cm
体重:81kg
投打:右投げ左打ち
ポジション:
経歴:真岡市立真岡中学校→作新学院→法政大学→Honda

朝山広憲の父

朝山広憲投手の父・憲重さんはPL学園で野球をされていました。

現役時代のポジションはショート。

3年夏には主将を務め、全国制覇を成し遂げています。

2学年下のチームメイトには“KKコンビ”と呼ばれた桑田真澄さんと清原和博さんがいました。


そんな縁もあり、朝山広憲投手は中学の時に桑田さんに指導を受けた経験もあるそうです。

「中学のときには、桑田さんにも練習を見てもらいました。”投げるのも打つのも、8割の力でいいんだよ”と。実際、そのとおりに投げたら、いままでにないキレのボールを投げられたんです」

YAHOO!JAPANニュース

朝山広憲の小中学時代

朝山広憲投手父の影響小学3年生から野球を始めました。

小学6年生の時には父が監督を務める真岡クラブエースとして全国大会に出場しています。

中学時代は真岡ボーイズでプレーし、エース兼4番打者として活躍!

卒業後は、作新学院に進学しました。

朝山広憲の高校時代

高校では1年春からベンチ入り。

ピッチャーと野手の二刀流として活躍し、3年連続甲子園に出場しています。

1年夏の甲子園では全3試合リリーフで登板し、ベスト16入り。

2年夏の甲子園では初戦(2回戦)沖縄尚学戦3番・レフトで出場。

先制ホームランを放ちましたが、試合は1対3逆転負けを喫しています。

この試合では朝山広憲投手はリリーフとしてもマウンドに上がり、4イニング1失点に抑えていました。


その後、3年春の県大会前に右ヒジ痛を発症し、3年夏の甲子園には4番・ファーストで出場。

6打数2安打1打点、3四球の成績で3回戦敗退に終わっています。

高校時代の同期のチームメイトには添田真海選手(現・日本通運)らがいました。

添田真海選手についてはこちらを→添田真海(明治大→日本通運)は作新学院出身のドラフト候補!弟も凄い?進路は?

朝山広憲の大学時代

高校卒業後は法政大学に進学。

高校3年夏甲子園終了後右ヒジの手術を受けた影響から、リハビリからのスタートとなり、リーグ戦デビューは3年春と遅めでした。

3年春から4年春までの3シーズンリリーフとして21試合に登板。

4年秋のリーグ戦ではカードの初戦の先発を任され、4勝0敗、防御率0.68(リーグ1位)の好成績を残しています。


大学時代の同期のチームメートには宇草孔基選手(現・広島)、福田光輝選手(現・ロッテ)らがいました。

朝山広憲の社会人時代

大学卒業後は社会人野球の名門・Hondaに入社。

社会人では1年目から主力として活躍!

都市対抗野球本選への出場権をかけた南関東大会では先発し、8回無失点に抑える好投を見せています。

朝山広憲のプレースタイル

朝山広憲投手はアウトコース低めに決めるストレートが武器のピッチャーです。

ストレートの最速149km/h。

ピンチにひるむことがない強心臓ぶりも魅力。

変化球スライダー、カットボール、フォーク、チェンジアップなど。

50メートル走6秒2。

朝山広憲のまとめ

朝山広憲投手は大学時代からプロを目指せるだけの実力は持ってました。

ただ、怪我もあり、大学で活躍したのが4年秋だけというのが遅すぎましたね。

社会人では1年目からしっかりと活躍して、プロに進んでいってほしいですね!