野球

中西健登(国士舘)はドラフト候補のピッチャー!進路や身長体重は?球種球速についても!

中西健登 国士舘

国士舘高校エース中西健登投手。

中西健登投手身長186cm体重70kg長身細身のピッチャーです。

中学まではピッチャー経験がなく、ピッチャーに転向したのは高校1年の夏からと遅めでした。

それでも、2年秋の東京都大会では準決勝、決勝2試合連続完封で優勝を果たしています。

中西健登のプロフィール

名前:中西 健登(なかにし けんと)
生年月日:2002年8月26日
出身:東京都世田谷区
身長:186cm
体重:70kg
投打:右投げ右打ち
ポジション:ピッチャー
経歴:世田谷区立経堂小学校→世田谷区立緑丘中学校→国士舘高校

中西健登の小中学時代

中西健登投手小学1年生からゴールデンコンドル軟式野球を始めました。

中学時代は調布シニアに所属。

当時は外野兼キャッチャーとしてプレーしていました。

中西健登の高校時代

中学卒業後は国士舘高校に進学。

国士舘高校は帝京出身のとんねるずの石橋貴明さんが
「今は国士舘の時代」
と言うほど、現在、東京で最も野球が強い高校の一つです。


中西健登投手肩の強さ体格の良さを買われ、高校の1年夏ピッチャーに転向します。

実は、国士舘の永田昌弘監督は、中学時代の中西健登投手のプレーを見ており、その時から、ピッチャーとして才能に気が付いていたそうです。

1年秋の東京都大会では控え投手兼外野手としてベンチ入りし、登板はありませんでしたが、優勝を経験。

続く各地区の優勝チームが集められた明治神宮大会で、1試合に登板し、1イニング無失点に抑え、公式戦デビューを果たしました。


2年春センバツでは背番号15でベンチ入りしたものの、直前の甲子園練習で右手人指し指を負傷し、出場はありませんでした。

2年夏の西東京大会を出場なく終えると、
秋の新チームからはエースとしてチーム引っ張ります。

2年秋にはブロック予選から8試合中7試合に登板し、東京都大会優勝に貢献!

ブロック代表決定戦・都立西戦で、7回参考ながら完全試合を達成した他、
都大会の準決勝、決勝では2試合連続2安打完封勝利を収めています。


高校の同期のチームメイトには鎌田州真選手、黒澤孟朗選手らがいます。

黒澤孟朗選手についてはこちらを→黒澤孟朗(国士舘)は金沢出身の強打者!ボンズ打法に注目!名前の読みは?

中西健登のプレースタイル

中西健登投手サイド気味のスリークォーターピッチャーです。

ストレートの最速は133km/h。

変化球スライダー、カットボール、シンカーなど。

特に元西武・潮崎哲也さんの握りを参考に習得したシンカーは驚異の切れ味を誇り、三振を奪うための大きな武器となっています。

2年秋の決勝で完封を果たした際には、対戦相手の帝京・前田三夫監督も
「あの球(シンカー)が打てなかったねえ」
と言っていました。

目標の投手はシカゴ・カブスのダルビッシュ有投手。
投球法に悩むことがあったら、動画を見て参考にしている」

遠投95メートル。

50m6秒4。

中西健登の進路

中西健登投手は高校卒業後の進路については、まだ明らかにされていません。

おそらく大学進学(国士舘大学?)が濃厚と思われます。

ちなみに中西健登投手好きな球団中日ドラゴンズです。

中西健登投手の進路に関しては、何か新しい情報が入りましたら、追記しますね。

中西健登のまとめ

中西健登投手は 野球好きの親に連れられ、幼い頃から毎年のように甲子園に足を運んでいました。

2年春のセンバツは怪我で出場できず、3年春のセンバツ、夏の選手権は中止
となかなか甲子園でプレーすることは叶いませんでしたが、まだ最後の最後に甲子園での交流試合が残っています。

交流試合では高校野球の集大成となるナイスピッチングを見せてほしいですね!