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市岡奏馬(明治大)の龍谷大平安の成績は?ドラフト指名の可能性は?

市岡奏馬 明治大

明治大学ドラフト候補市岡奏馬選手。

龍谷大平安時代にはエースとして3年春のセンバツでベスト4入りを果たしています。

明治大学に進学後は、外野手に転向。

持ち前のバッティングセンスで、大学4年の今年はクリーンナップを任されるまで成長しています。

市岡奏馬のプロフィール

名前:市岡 奏馬(いちおか そうま)
生年月日:1998年7月31日
出身:京都府京都市
身長:180cm
体重:77kg
投打:左投げ左打ち
ポジション:外野手
経歴:京都市立修学院小学校→京都市立修学院中学校→龍谷大平安高校→明治大学

市岡奏馬の小中学時代

市岡奏馬選手小学1年生から軟式野球を始めました。

中学時代は京都嵯峨野ボーイズに所属。

当時のポジションは投手兼外野手で、3年夏には日本代表として世界大会に出場しました。


ちなみに市岡奏馬選手の通っていた修学院中学校はチュートリアルの徳井義実さんと福田充徳さんの母校でもあります。

市岡奏馬の高校時代

中学卒業後は龍谷大平安高校に進学します。

高校では2年春センバツからベンチ入りすると、初戦の浦和学院戦では9番ライトスタメン出場。


市岡奏馬選手は三塁への内野安打を1本記録しましたが、チームは0対2で敗れました。

その後、ピッチャーに転向します。

2年夏京都府大会では、1学年上のエース・高橋奎二投手(現・ヤクルト)が左脇腹を痛めていた影響で3試合中2試合先発。

合計14回を投げ、被安打3、2失点、19奪三振の好投を見せています。(チームは4回戦敗退)

2年秋の新チームからはエース。

2年秋には京都府大会優勝&近畿大会ベスト4入りを果たします。


3年春センバツでは全4試合先発し、全て完投ベスト4入り。

智辯学園との準決勝は、龍谷大平安にとって史上2校目の春夏通算100勝がかかった試合でしたが、9回1死から4連打を浴び、1対2逆転サヨナラで敗れました。

実は市岡奏馬選手は大会前から、左手中指のマメができており、最後は、変化球はチェンジアップしか投げられない状態でした。

この時の智辯学園は優勝していますから、もし、市岡奏馬選手が万全の状態だったら、優勝していたのは龍谷大平安だったかもしれませんね。

また、市岡奏馬選手はこの大会、バッティングでもチームを引っ張り、17打数8安打、打率.471の好成績を残しています。

3年夏京都府大会は4回戦で、福知山成美2対3で敗退。

高校時代の同期のチームメイトには、大学日本代表候補の小川晃太朗選手(現・同志社大)、橋本和樹選手(現・立命館大)、竹葉章人選手(現・立教大)らがいました。

小川晃太朗選手についてはこちらを→小川晃太朗(同志社大)は龍谷大平安出身のドラフト候補!大学卒業後の進路は?

市岡奏馬の大学時代

高校卒業後は、明治大学に進学します。

大学では2年春の東京大学戦で初登板

1/3イニングを1安打無失点に抑えています。

市岡奏馬選手にとって、これが大学の公式戦では唯一の登板となり、
その後、3年春からバッティングを活かすために外野手に転向しました。


3年生からは主にセンターとして出場。
東京大学との開幕戦では初ヒットを記録しました。

新チームからは副将となり、打順も主に3番を任されています。

大学の同期のチームメイトには入江大生投手、中山晶量投手、公家響選手らがいます。

入江大生投手についてはこちらを→入江大生(明治大)は作新学院で日本一を達成したドラフト候補!球種や球速は?

中山晶量投手についてはこちらを→中山晶量(明治大)は鳴門出身のドラフト候補!進路は?球速球種や身長体重は?

公家響選手についてはこちらを→公家響(明治大)の横浜高校時代の成績は?現在は主将でドラフト候補?

市岡奏馬のプレースタイル

市岡奏馬選手はバットコントールに長けた外野手。

コースに逆らわないバッティングが持ち味です。

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とても身体能力が高く、50m走5秒9遠投120mを記録。

投手としても最速144km/hを計測したことがあります。

市岡奏馬のまとめ

市岡奏馬選手の今シーズンの目標はベストナインリーグ戦春連覇です。

まだ外野転向して日が浅く、実績も少ないため、大卒でプロを志望するかはわかりません。

それでも、市岡奏馬選手バッティングセンス身体能力本物です!

近い将来、スカウトを騒がすような選手になると思いますので、ぜひ、みなさんも市岡奏馬選手に注目してみてくださいね。